泉鏡花「酸漿」をめぐる思い出など

泉鏡花に「酸漿(ほおずき)」という作品があるのを知ったのは、いまから21~22年前のことで、或る文学研究者の方*1に教えていただいたのである。必ずしも鏡花についての話が主眼ではなかったものの、とりわけ印象に残ったのが、「酸漿」に関する話柄なのだ…

ラフカディオ・ハーン「平家蟹」のことなど

昨秋、休みを取って4日間帰省してきた。その折に、熊本市中央区安政町に在る「小泉八雲熊本旧居」を約8年ぶりで訪れた。 ラフカディオ・ハーン(小泉八雲/1850-1904)が旧制の第五高等学校に赴任するため、妻セツと共に熊本に到着したのは明治二十四(1891…

『詳解漢和大字典』の絵葉書のこと―餘話として

前回の記事「中野重治『本とつきあう法』をめぐることがら」で、吉川幸次郎『古典を生きる―吉川幸次郎対話集』(角川ソフィア文庫2025←『中国文学雑談 吉川幸次郎対談集』朝日選書1977)から、中野重治(1902-79)の発言中の一節「あるとき漢和辞典の話が出…

中野重治『本とつきあう法』をめぐることがら

池谷伊佐夫『書物の達人』(東京書籍2000)は、森銑三『書物と人物』からヘレーン・ハンフ編著/江藤淳訳『チャリング・クロス街84番地』に到るまで、戦中期~前世紀末の日本で刊行された「本の本」を網羅した「究極の書物図鑑」(帯より)である。 この池谷…

高山樗牛『瀧口入道』のこと

大学の学部3年生だった頃、さる方に好きな小説はなにかと訊ねられたので、いくつか作品を挙げてゆくなかに、当時入れ込んでいた高山樗牛(1871-1903)の『瀧口入道』の名を出したということがあった。いま考えると、若気の至りのようにも感じられて、いささ…

『西行花伝』餘話

前回の記事への補足。 辻邦生が『西行花伝』(新潮文庫2011改版←新潮文庫1999←新潮社1995,以下『花伝』)を書き上げるまでには、幾つもの壁に阻まれて、思うさま筆を進めることができなかったようだ。「なかでも大きな問題として立ちはだかっていたのが、当…

辻邦生『西行花伝』

今年は年始から“大作づいている”とでもいおうか、意識的に長篇小説に取り組んでいる。 たとえば1月末から2月末にかけては、ドストエフスキー/原卓也訳『カラマーゾフの兄弟』(新潮文庫、三巻本)を8年ぶりで読んでいた(27日間かけて読了した)。その間、…

ナサニエル・ホーソーンの短篇のことなど

荻原魚雷『古書古書話(コショコショばなし)』(本の雑誌社2019)に触発されて探し求めた本はたくさんあるが、マルコ・ペイジ(Marco Page)の『古書殺人事件』もその一冊である。 今回はマルコ・ペイジ著『古書殺人事件』(中桐雅夫訳、ハヤカワ・ミステリ…

ポー「アッシャー家の崩壊」

今年に入ってから、アマプラでエドガー・アラン・ポー「アッシャー家の崩壊」(“The Fall of the House of Usher”,1839)を原作とする映画を二本観た。まずはアイヴァン・バーネット『アッシャー家の崩壊』(1948年制作→1950年公開、英、“The Fall of the Ho…

北村薫「大岡昇平の真相告白」のこと

一昨年の2月、「「ドルジェル伯」と大岡昇平『武蔵野夫人』」というエントリを書いた。当該エントリでは、『武蔵野夫人』とレーモン・ラディゲ『ドルジェル伯の舞踏会』との関係を強調しすぎたが、そもそも大岡は、作中のフランス文学者・秋山と同程度の、あ…

佐藤春夫『田園の憂鬱』のことなど

先日、佐藤春夫の『田園の憂鬱』を久しぶりで再読した。『田園の憂鬱』は文庫版を二冊もっている。一冊は『田園の憂鬱』(新潮文庫1951*1)、もう一冊は『田園の憂鬱』(岩波文庫2022年*2)で、後者は佐藤の生誕130年(そして今年は歿後60年に当る)を記念し…

芝木好子『隅田川暮色』「洲崎パラダイス」のことなど

今年1月、「本よみうり堂」の連載「私を作った書物たち」に乙川優三郎氏が登場し、その第3回(1月21日付「読売新聞」)で芝木好子(1914-91)の『隅田川暮色』を紹介していた。 乙川氏自身によると、芝木のこの作品は「(乙川氏自身が)デビューして間もなく、…

イーディス・ウォートンや『配達されない三通の手紙』のこと

イーディス・ウォートンについては、昨年末まで、「『エイジ・オブ・イノセンス』で女性として初めてピューリッツァー賞を受けた作家」といった教科書的な知識しか持ち合わせていなかったのだが、小森収『はじめて話すけど…… 小森収インタビュー集』(創元推…

向田邦子「大根の月」のことなど

実家にVHSの録画機器が導入されたのはわたしが小学4年生の頃で、1991年のことだった。当時TVCMに出演していた鈴木保奈美の顔写真の販促用シールが貼ってあって(なぜかその色が褪せるまで家族の誰もがそれを剝がさずにいた)、たしか「マラソン美録」を謳い…

「魔」字の話

いまも新刊で買えるのかどうか分らないが、田中慶太郎編譯『支那文を讀む爲の漢字典』(研文出版1962,以下『漢字典』)という辞書がある。これはもともと1940年に田中慶太郎の文求堂から刊行されたもので、1962年の四版から版元が「(山本書店出版部)研文…

『舞姫タイス』を入手した話

前回、イーヴリン・ウォー/吉田健一=訳『黒いいたずら』(白水Uブックス)のことを話題にしたが、「白水Uブックス」で思い出したことがある。 昨年わたしは、「コリン・ウィルソンが語るアナトール・フランス」というエントリで、「フランスの作品としては…

ウォー『黒いいたずら』復刊のこと

今秋とある新本屋に立寄ったところ、白水Uブックスの創刊40年を記念するフェアが展開されており、そこにイーヴリン・ウォー/吉田健一=訳『黒いいたずら』が出ていたので愕いた。長らく版元品切れとなっていたはずの本であった。 奥付をみると、「1984年11…

あるイソップ寓話のこと

室井光広『おどるでく―猫又伝奇集』(中公文庫2023)は芥川賞を受賞した表題作のほか、「猫又拾遺」「あんにゃ」「かなしがりや」「万葉仮名を論じて『フィネガンズ・ウェイク』に及ぶ」、それから加藤弘一氏による著者インタビュー(1995年)、多和田葉子氏…

続・近松秋江「黒髪」への誘い、4月の中公文庫のこと

前回の記事で紹介した荒川洋治氏の「忘れられる過去」が、4月刊の『文庫の読書』(中公文庫)に入った(pp.24-29)。単行本の『忘れられる過去』、その文庫版の『忘れられる過去』、そして『文学は実学である』(みすず書房2020)にも収められてきたエセーで…

近松秋江「黒髪」への誘い

近松秋江『黑髮 他二篇』(岩波文庫1952*1)は、「黑髮」「狂亂」「霜凍る宵」の三篇を収めている。秋江の作品に初めて触れたのはこの文庫によってであったが――正確にはそれ以前、コラム集『文壇無駄話』(河出文庫1955)を「つまみ読み」したことがある――、…

「ドルジェル伯」と大岡昇平『武蔵野夫人』

レーモン・ラディゲ(1903-23)は、ことし生誕120年、そして歿後100年をむかえた。ラディゲはその短い20年の生涯のうちに、『肉体の悪魔』『ドルジェル伯の舞踏会』の二大傑作をものしたが、特に遺作となった『ドルジェル伯の舞踏会』(以下「ドルジェル伯」…

「鮭」字をめぐるはなし

柏木如亭(1763-1819)による「新潟」詩は、如亭の代表作のひとつと看做される七律で、揖斐高訳注『柏木如亭詩集1』(平凡社東洋文庫2017)が採る(pp.143-46)のはもちろんのこと、揖斐高編訳『江戸漢詩選(下)』(岩波文庫2021)にも採録せられているし(…

コリン・ウィルソンが語るアナトール・フランス

学研パブリッシング(当時)が手がけていた文庫レーベルに、「学研M文庫」というのがあった。特に歴史小説や戦史ものを出していたことで知られるが、わたしにとっては、酒井潔『悪魔学大全(1)(2)』、アンソロジスト・東雅夫氏の編纂にかかる「伝奇ノ匣」シリ…

橋川文三「昭和超国家主義の諸相」

ことし生誕百年を迎えた橋川文三(1922-83)の著作を、このところじっくり読む、あるいは読み返すなどしている。ちなみにいうと、「文三」の読みは両様あるようだが、「ぶんぞう」ではなく「ぶんそう」が本来ではないかと思われる。この五月に講談社と丸善ジ…

『小出楢重随筆集』のことなど

かつてわたしは、植村達男『本のある風景』(勁草出版サービスセンター1978)を2冊持っていた。その後――といってももう十五年ほど前の話になるが――、初刷の方は知人に差し上げた。いま手許にあるのは1982年刊の第2刷で、ビニールカバーの下に抹茶色の帯が巻…

『文天祥』『劉裕』文庫化のこと

かつて人物往来社から刊行されていた宮崎市定監修「中国人物叢書」(第一期、全十二巻)の著者名およびタイトルは、それぞれ下記のとおりである(第一回配本は④の宮崎著)。 ①永田英正『項羽』/②狩野直禎『諸葛孔明』/③吉川忠夫『劉裕』/④宮崎市定『隋の…

実録怪談の名手・鈴木鼓村

「怪を語れば怪至る」の典型としてしばしば言及される怪談のひとつに、「田中河内介(たなかかわちのすけ)」というものがある。これは、大正期の或る怪談会で、幕末の勤王派・田中河内介の最期について語ろうとした者が、同じ言葉をくり返したあげく結末を…

復刊された『女と刀』のことなど

四年前に「『女と刀』のことから」というエントリで、中村きい子の『女と刀』を復刊してくれないものか、と書いたことがあるけれど、それが三月にちくま文庫に入ったので、驚き、かつ嬉しく思ったことだった。 ところでこの四年のあいだに、必要あって田宮虎…

『味な旅 舌の旅』所引の『懐風藻』

宇能鴻一郎『味な旅 舌の旅』(中公文庫1980)が、エセー「男の中の男は料理が上手」と、著者と近藤サト氏との対談(「酒と女と歌を愛さぬ者は、生涯馬鹿で終わる」)とを附して、2月に新装復刊された。昨夏に出た宇能氏のオリジナル短篇集『姫君を喰う話』…

「酒池肉林」の話

「酒池肉林」は、日本でも古来親しまれてきた故事である。たとえば『太平記』第三十巻「殷の紂王(ちゅうおう)の事、并太公望の事」には、四字成語の形としては出て来ないが、 (紂王は)また、沙丘に、廻り一千里の苑台を造りて、酒を湛へて池とし、肉を懸…