2013-01-01から1年間の記事一覧

森一生『薄桜記』を観た

丹下典膳(市川雷蔵)“命助かって、これからまた、殺しにか、殺されにか、出向いて行く――修羅妄執の世界じゃのう。……生き死にの境を彷徨うていた幾月か……この湯治場に心が残るな……”(森一生『薄桜記』1959より) 市川雷蔵が好きだ。「眠狂四郎」シリーズは何…

沼本克明『濁点の源流を探る』

最近おもしろく読んだ本のうちの一冊が、沼本克明『歴史の彼方に隠された 濁点の源流を探る―附・半濁点の源流―』(汲古書院2013)。タイトルの「歴史の彼方に隠された」だとか、「はじめに」の「日本人の脳の形質の柔軟性」(p.4)だとか、なんとなく「と」…

森銑三『讀書日記』

先日、森銑三『讀書日記』(出版科學總合研究所1981)を1,500円で入手した。谷沢永一氏はかつて、「森銑三は、知る人ぞ知る奥行のはかり知れぬ碩学」(『紙つぶて 自作自注最終版』文藝春秋2005:84,1969年10月4日付)と評したことがあるが、その「奥行」の…

OED余話

実はここで書きたいと思っていた話がもう一つあって、それは外国(多分、英国)のある辞典の編集・改訂にかかわることなのです。編者が辞典のなかのことばについて、適切な用例、信頼できる典拠を求めようと、広く世間の人たちに呼びかけたところ、実に有益…

夏目漱石の用字のことなど

紅野謙介『物語 岩波書店百年史1 「教養」の誕生』(岩波書店2013)*1に、西島九州男のことがすこし出て来る。 西島九州男(一八九五−一九八一)は、飯田蛇笏に師事して俳句を学ぶかたわら、初めは法律や警察関係の出版を行っていた警眼社の校正係をしてい…

「ひもとく」そのほか

よみうりテレビの「情報ライブ ミヤネ屋」(19日放送)を見るともなく見ていると、はるな愛の「その人とね、ちゃんと順番にひもといて恋愛に向かっているので」という発言を耳にしたので、あわててメモをとった。 「ひもとく」の耳なれない用法である。 する…

大杉栄のコーヒー挽き

山川均・賀川豊彦・内田魯庵・有島生馬・堀保子ほか/大杉豊解説『新編 大杉栄追想』(土曜社2013)を読んでいる。「改造」一九二三年十一月号の特集「大杉栄追想」を「全編収録した」もので、執筆者は他に、山崎今朝弥、安成二郎、土岐善麿、馬場孤蝶、久米…

観た映画(上)

昨晩のNさんの映画談議に触発されたので(Nさんは拙ブログをご存じではないのですが…)、久しぶりで、観た映画を記録しておきます。 気に入った度合(まったくの主観によります。しかも、体調や感情に影響されることもあります)を、星の数であらわしていま…

富士崎放江『褻語』

先日、Sで富士崎放江『褻語(せつご)』(有光書房1958)函1000円を求めた。編者は斎藤昌三。跋文も斎藤が書いている。 この書はもと私家版として大正十三(1924)年に出ており、「八十九章を収めた小話集であつたが発禁の厄に遇つた」(斎藤昌三「跋」p.203…

熊楠『南方閑話』のことなど

六月のある雨の日、Sで南方熊楠『南方閑話』(坂本書店1926)函1,500円を購った。本山桂川の編纂にかかる「閑話叢書」というシリーズの第一巻だが、実は曰くつきの書である。 どういう意味において「曰くつき」なのか、というと――、 長くなるが、岡茂雄『本…

「てんせつ」はどこへ?

「綴」字に「セツ」という慣用音を認める字書類は、最近は(大型辞書を除いて)殆ど無いのではないか――。東儀弘先生校閲『國語單語集』(鐵道文庫1940)を眺めていて、ふと、おもった。 同書には次の如くある。 〔點綴〕(てんてい・てんせつ)點を打つたや…

「なすぎる」? 「なさすぎる」?

先日、政治家・某氏の発言中に「勉強しなさすぎ」という表現が出てきたとき、Aさんがわたしに、「この『さ』は餘計ですよね? 要りませんよね?」とお訊きになったので、さしたる深い考えもなく、「『やらなすぎる』を『やらなさすぎる』と言ってしまうよう…

『誤植読本』など

高橋輝次編著『増補版 誤植読本』(ちくま文庫)を読んでいる。装画は、『関西古本探検』(右文書院)や『ぼくの古本探検記』(大散歩通信社)等と同じく、林哲夫さんによる。 この増補版は、『誤植読本』(東京書籍2000)に六篇を増補したもの。東京書籍版…

愛すべき「B級妖怪本」の話

今月3日、『水木しげる漫画大全集』第一期(講談社)の刊行がはじまった。つつがなく全巻が刊行されると、百巻をゆうに超えるという。 また先月28日には、『ゲゲゲの鬼太郎 TVアニメDVDマガジン』(講談社)も刊行されはじめた。 しかも今夏は、三井記…

ある俗語

松竹設立三十年記念映画・池田浩郎『思い出のアルバム』(1950松竹)に、数十篇の松竹作品が名場面とともに紹介されていることは、以前このエントリで書いた。そこに登場する国産初のトーキー映画、五所平之助『マダムと女房』(1931松竹)には、渡辺篤に向…

野口冬人『冬人庵書房』

あるところで、「山本」(やまぼん=山岳に関する書物)が話題となっていた。わたしは山本に特別興味がひかれるわけではないし、手持ちの山本もごくわずかである。 昨年亡くなった西丸震哉、それから上田哲農や板倉勝宣の本は、中公文庫に入っているからたま…

棭齋「轉注説」など

素見ですませるつもりでM書房の文庫棚を漁っていると、背の焼けた菊判の日本古典全集(正宗敦夫、与謝野寛・晶子編纂)が出て来たので、なにげなく中身を見たら、『易林本 節用集』だった。さらに、『狩谷棭齋全集第三 轉注説 扶桑略記校譌 毎條千金』が出…

帆村荘六、金田一耕助…

ミステリー文学資料館編になる、光文社文庫のアンソロジー。今回は待ちに待った「名探偵」シリーズ。今月刊行の第一弾は、『幻の名探偵』である。 海野十三の「麻雀殺人事件」も収録されている。この短篇自体は知らなかったが、作中に帆村荘六(ほむらそうろ…

おせん泣かすな、馬こやせ

衣笠貞之助の弟子・稲垣浩のエセー集『ひげとちょんまげ―生きている映画史』(中公文庫1981)をこないだ読んでいたら、「一筆啓上、火の用心」というタイトルの文章があり(pp.85-88)、そこに「本多作左衛門の『一筆啓上、火の用心』という有名な手紙がある…

獅子文六の「ちくま文庫」デビューを寿ぐ

最近うれしくおもった出来事のひとつは、獅子文六『コーヒーと恋愛』が、ちくま文庫に入ったことである。『大番』(小学館文庫)以来、三年ぶりの文六作品の刊行だ。しかもついに、文六先生の「ちくま文庫」デビュー、なのである(ことしは、獅子文六生誕120…

お引越し。

これから住むところには、歩いて行ける距離に、中規模の新刊書店が二軒、そして、「D」という古本屋が一軒ある。 この古本屋、なんでも大正年間の創業とかで、地元ではそれなりに知られた書肆であるようだ。ここでの最初の買い物は、高羽五郎の校訂にかかる…

「天」の字形/(承前)「必」の筆順

まず、楷書で「天」字を「上長」(一画めが二画めよりも長い)で書くか、「下長」(二画めが一画めよりも長い)で書くか、という問題について。 小学校の書写教科書は、明治初年から昭和中期まで「下長」を採用していた。しかるに、昭和の半ば以降、「上長」…

日本映画と接吻と

先日、五社英雄『人斬り』(1969,フジテレビ=勝プロ)をおもしろく観たので、春日太一『天才 勝新太郎』(文春新書2010)pp.97-99を再読。すっかり忘れていたのだが、カメラマンに森田富士郎を抜擢したのは、なるほど、勝自身であったのか。 最近出た春日…

最近拾った本のこと

先日、N書店の店頭にて、林通世(六々居士)『瀛滬雙舌(えいこそうぜつ)』(日本堂書店)300円、を拾った。大正三年一月刊、大正十五年五月九版。この本は知らなかったが、波多野太郎編『中国語学資料叢刊―尺牘・方言研究篇』(不二出版1986)第三巻に入っ…

『風流交番日記』

外ばかりか、心までもが寒い寒いこの冬に、時間が経つのも忘れてこういう作品を観られるのは、やはり幸せなことである。 久しぶりで、一本の映画について書こうとおもう。 その映画とは、松林宗惠(しゅうえ)『風流交番日記』(1955,新東宝)である。助監…

松竹『思い出のアルバム』及び新村出編『言苑』のこと

本年もよろしくお願い申し上げます。 - 「読み初め」本は、小倉金之助『數學の窓から―科學と人間性―』(角川文庫1953)。当世流にいうと「文庫オリジナル」で、数学関係以外の文章も多数収めている。『別冊文藝春秋』昭和二十二年(1947)十月号初出の「黒板…