2018-01-01から1年間の記事一覧

「春寒」と渡辺温のこと

東雅夫氏は、これまで学研M文庫やちくま文庫、創元推理文庫等で、作家別のあるいはテーマ別のアンソロジーを多数編んでいる。 今夏は、東氏編の「怪異小品集」という作家別のシリーズ(2012年刊行開始)に、第7冊として『変身綺譚集成―谷崎潤一郎怪異小品集…

福永武彦の「深夜の散歩」

福永武彦・中村真一郎・丸谷才一『深夜の散歩―ミステリの愉しみ―』(講談社文庫1981)を篋底に見出して、約十三年ぶりに読み返している。この間に、丸谷氏も故人となってしまった。 同書は、福永「深夜の散歩」、中村「バック・シート」、丸谷「マイ・スィン…

円城塔『文字渦』

中島敦の名篇「文字禍」を一字だけ変えた、円城塔『文字渦』(新潮社)が出た。表題作は第43回川端康成文学賞を受賞しており、この作品集はそれ以外に、「緑字」「闘字」「梅枝」「新字」「微字」「種字」「誤字」「天書」「金字」「幻字」「かな」の十一篇…

ライクロフトと「夏の読書」

著者と本と本棚との半世紀以上に亙る濃密な付き合いを描いた北脇洋子『八十五歳の読居録』(展望社2018)に、次のような印象的な一齣がある。 わたしは開高(健―引用者)さんの一年下であるが、同じ法学部なのに、あまり口をきいたことがない。(略) しかし…

再び「けいずかい」、あるいは掏摸集団の隠語について

かつて(約6年前)、「『けいずかい』」という記事を書いたことがある。 「けいずかい」は「故買」の義で、松本清張『神々の乱心』に「系図買い=けいずかい」なる語原説が紹介されていることもそちらで紹介した。もっとも『日本国語大辞典』(第二版)など…

イーヴリン・ウォー『ラブド・ワン』のことなど

池永陽一『学術の森の巨人たち―私の編集日記』(熊本日日新聞社2015)は、講談社学術文庫の編集者(出版部長)だった池永氏の回想録であるが、そこに由良君美『言語文化のフロンティア』(講談社学術文庫1986)を編んだ切っ掛けについて語ったくだりがみえる…

ヒッチコックの『泥棒成金』

ヒッチコック作品は、高校*1、大学生の時分にある程度まとめて観て、その後――山田宏一・和田誠両氏による対談本『ヒッチコックに進路を取れ』が刊行された2009年(一昨年に文庫化された)、同書に触発されて、『見知らぬ乗客』を皮切りに、それまで観たこと…

早川孝太郎の『花祭』『猪・鹿・狸』

早川孝太郎(1889-1956)、という民俗学者がいた。 わたしはその名を、たしか岡茂雄の『本屋風情』で初めて知り、深く記憶に刻みつけたはずである。なにしろ同書の書名の由来に関わってくる人物なのだから。 少し長くなるが、そのくだりを「まえがき」から引…

『陶庵夢憶』や周作人のこと

張岱(ちょうたい)著/松枝茂夫訳『陶庵夢憶』(岩波文庫1981)という、滋味あふれる明代の随筆集がある。気が向いたときに、時々本棚から取り出しては読む。とりわけ「三代の蔵書」(巻二、pp.105-07)、「韻山」(巻六、pp.230-32)あたりが気に入ってい…

大泉滉・大泉黒石

濱田研吾*1『脇役本』が、ちくま文庫に入った。元版の右文書院版はかつて読んだことがあり、「中村伸郎の随筆集」で触れたこともあるが、増補がなされているというので手に取ってみた。 増補部分であらたに加えられた役者の顔ぶれがまた豪華だ。高田稔、賀原…

ちくま文庫の「ベスト・エッセイ」

ちくま文庫が、昨年12月から4カ月連続で「ベスト・エッセイ」と冠したエッセイ選集を刊行している。大庭萱朗編『田中小実昌ベスト・エッセイ』(12月刊)、大庭萱朗編『色川武大・阿佐田哲也ベスト・エッセイ』(1月刊)、荻原魚雷編『吉行淳之介ベスト・エ…

『女と刀』のことから

「明治150年」であるためか、日本近代関連書の出版や復刊が相次いでいる。大河ドラマの「西郷(せご)どん」(林真理子原作)関係はもちろん、たとえば中公文庫でも、石光真清の手記が新編集で復刊されたり*1、橋本昌樹の『田原坂』が増補新版で刊行されたり…

路線バスで読む梅崎春生

うろ覚えだが、草森紳一氏が、東京―大阪間の新幹線の車内で読むのに好適な本として松本清張の短篇集を挙げていた。ほどよい長さのため車中読書にうってつけで、しかもやみつきになる、というわけで、その状況を“手が伸びることさながらバターピーナッツのご…

異分析、民間語源

例えば「あくどい」を「悪どい」と捉えたり、「いさぎよい」を「いさぎ(が)良い」と解釈したりすることを、「異分析(metanalysis)」という。國語國文研究會編『趣味の語原』(桑文社1937)を見てみると、この手のものがたくさん出て来て、なかなか面白い…

久生十蘭「母子像」のことなど

神奈川近代文学館のスポット展示「久生十蘭資料〜近年の収蔵資料から〜」(2017.12.9〜2018.1.21)は、十蘭の姪にあたる三ッ谷洋子氏の寄贈品をもとに構成されていて、十蘭の改稿癖の一斑がうかがえる「海豹島」切抜きへの夥しい書込み*1等、とりわけ印象に…

『広辞苑』第七版刊行

今月12日、新村出編『広辞苑』第七版(岩波書店)が出た。ネット上では早くも、「LGBT」の語釈に誤りがある(のちに「しまなみ海道」の件も報道された。1.22記)ということで話題となっている。 第五版の宣伝文句は「私が、/21世紀の/日本語です。」、第六…