「BOOKMAN」第15号のこと

高崎俊夫氏が、今年亡くなった坪内祐三氏との対談*1で、 不思議といえば、トパーズプレスも変な出版社でしたよね。瀬戸川猛資さんの個人出版で「ブックマン」という雑誌も出してた。(『本の雑誌の坪内祐三』本の雑誌社2020:64) と語っていて、そういえば「…

「ブンムクにむくれる」

前回の記事で紹介したジェームズ・ケイン/蕗沢忠枝訳『殺人保険』(新潮文庫1962)には、「ぽんつく頭」(p.179)*1など、いわゆる俗語の類がしばしば登場するので、そのような点でも興味深い。次のごとく言語遊戯めいた文章もある。 どいつもこいつも、セ…

ワイルダー『深夜の告白』とケイン『殺人保険』

先日、ビリー・ワイルダー『深夜の告白』(1944米,″Double Indemnity″)がBSPで放送されていたので、綺麗な映像で観直してみた。「フィルム・ノワール」の先駆的作品、「保険金殺人もの」の嚆矢、などと云われたりする作品だが、まずは配役がいい。 後年の…

「~を鑑み」誤用説

かつて、某首相が「未曾有」を「ミゾーユ」と読んで*1話題になったことがあった。当時は、「『未曾有』は『ミゾウ』と読むのが正しくて『ミゾーユー』は間違いだ」という批判に止まるのがせいぜいで、「未曾有」が歴史的にどう読まれてきたかということは殆…

獅子文六「牡丹」のことなど

「三田文学」連載の対談をまとめた、石原慎太郎・坂本忠雄『昔は面白かったな――回想の文壇交友録』(新潮新書2019)を昨年末に読んでいたところ、次のような箇所が目にとまった。 坂本 (略)文六さんって人は、「牡丹」っていう絶筆を書いてね。 石原 読ん…

藤原宰太郎・遊子の「父娘合作」

藤原宰太郎*1氏(1932-2019)は、ミステリの面白さを教えてくれた点において恩人のひとりだといえる。 巷では、藤原氏の著作群が古典的名作トリックのひどい「ネタばらし」の宝庫になっていたというので、「罪」の部分がクロースアップされることもしばしば…

渡辺一夫とモンテーニュ

『寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容になるべきか――渡辺一夫随筆集』(三田産業2019)という本がある。これには、標題の「寛容(トレランス)は自らを守るために不寛容(アントレランス)に対して不寛容(アントレラン)になるべきか」(pp.110-30…

正宗白鳥『読書雑記』の『細雪』評

池谷伊佐夫『書物の達人』(東京書籍2000)で紹介されている本の一冊に、正宗白鳥『読書雑記』(角川文庫1954)がある。これについて池谷氏は、「初出がはっきりしないので、元版がいつどういう形ででたのか不明だが、わずか百六十頁ほどの薄い文庫本の四分…

徳田秋声『仮装人物』のことなど

徳田秋声『仮装人物』の梢葉子のせりふに、 別に悪い人でも乱暴な男でもなさそうだけれど、ちょっと気のおけないところがあるのよ。男前も立派だし、年も若いわ。奥さんもインテリで好い人なんだけれど、何うもあの人、私に対する態度が変なのよ。(『仮装人…

『橋本多佳子全句集』

わたしが橋本多佳子や西東三鬼に興味を抱いたのは、十二、三年前に松本清張の「月光」『強き蟻』を読んだからだが、穂村弘氏は「私の読書日記」(「週刊文春」2019.10.3号)でこれと逆のことを述べている。すなわち穂村氏は、多佳子や三鬼の句集を入りくちに…

「シバヤ」――『加藤武 芝居語り』餘話

前回引用した市川安紀『加藤武 芝居語り』(筑摩書房2019)は、小林信彦氏の「本音を申せば」(「週刊文春」2019.8.15・22合併号)でも紹介されており、そこで小林氏は、「この〈芝居語り〉は「キネマ旬報」の連載のつもりで始めたが、加藤さんの死(二〇一…

『浮雲』、そして『放浪記』のこと

2019年は成瀬巳喜男の歿後五十年に当る*1。そこで今年は、(これまでのところ)『歌行燈』(1943)、『めし』(1951)、『浮雲』(1955)、『放浪記』(1962)の四本を再鑑賞している。『歌行燈』『放浪記』は三度目、『めし』は四度目、『浮雲』は五度目の…

加藤典洋『日本風景論』のことから

この五月に亡くなった加藤典洋氏の『日本風景論』(講談社文芸文庫2000)を読んでいると、というか、そこに収められた「武蔵野の消滅」なる論考に惹かれて読んでみると、国木田独歩の「忘れえぬ人々」にも言及していたので、嬉しくなった。 加藤氏は木股知史…

国木田独歩「忘れえぬ人々」

武蔵野の西端に少しばかり縁が出来たこともあって、このところ、国木田独歩『武蔵野』(岩波文庫2006改版)を持ち歩いて読んでいた。これは表題作のほかに十七篇を収めた短篇集で、そのうちとりわけ心に残ったのが、「忘れえぬ人々」である。 「忘れえぬ人々…

和田誠『快盗ルビイ』

和田誠『快盗ルビイ』(1988,ビクター=サンダンス・カンパニー)を観た。同年の「キネ旬」ベスト10の作品。 同じく和田による『真夜中まで』(1999)を観たときにも思ったが、監督の「映画愛」がストレートに伝わってくる作品だ。ワイルダー風であり、また…

本との出会い

本というものの面白さの一つは、数カ月(ときには一年以上)かけてやっとのことで読み了える大部の作品よりも、片々たる小册の方に心を鷲づかみにされる瞬間がある、ということであろう。あるいはまた、大枚はたいて購った本ではなく、古書肆の店頭百均に転…

当事者以外が語る「ニ・ニ六事件」

まずは、清水俊二(1906-88)の回想を引こう。当時は数えで三十一歳であった。 昭和十一年二月二十六日、前の晩につもった雪の中を荻窪駅まで歩いて行く途中、陸軍教育総監渡辺錠太郎の邸の前を通った。父に教えられて、その家が渡辺邸であることを知ってい…

和田芳恵『一葉の日記』

和田芳恵『一葉の日記』(福武文庫1986)を購ってから、すでに持っていた和田芳恵『樋口一葉伝』(新潮文庫1960)*1と同内容であることを知り*2、ちょっとがっかりしたが、福武文庫版には野口碩氏による「補注」が附いていて、これによって原著の過誤が訂さ…

「春寒」と渡辺温のこと

東雅夫氏は、これまで学研M文庫やちくま文庫、創元推理文庫等で、作家別のあるいはテーマ別のアンソロジーを多数編んでいる。 今夏は、東氏編の「怪異小品集」という作家別のシリーズ(2012年刊行開始)に、第7冊として『変身綺譚集成―谷崎潤一郎怪異小品集…

福永武彦の「深夜の散歩」

福永武彦・中村真一郎・丸谷才一『深夜の散歩―ミステリの愉しみ―』(講談社文庫1981)を篋底に見出して、約十三年ぶりに読み返している。この間に、丸谷氏も故人となってしまった。 同書は、福永「深夜の散歩」、中村「バック・シート」、丸谷「マイ・スィン…

円城塔『文字渦』

中島敦の名篇「文字禍」を一字だけ変えた、円城塔『文字渦』(新潮社)が出た。表題作は第43回川端康成文学賞を受賞しており、この作品集はそれ以外に、「緑字」「闘字」「梅枝」「新字」「微字」「種字」「誤字」「天書」「金字」「幻字」「かな」の十一篇…

ライクロフトと「夏の読書」

著者と本と本棚との半世紀以上に亙る濃密な付き合いを描いた北脇洋子『八十五歳の読居録』(展望社2018)に、次のような印象的な一齣がある。 わたしは開高(健―引用者)さんの一年下であるが、同じ法学部なのに、あまり口をきいたことがない。(略) しかし…

再び「けいずかい」、あるいは掏摸集団の隠語について

かつて(約6年前)、「『けいずかい』」という記事を書いたことがある。 「けいずかい」は「故買」の義で、松本清張『神々の乱心』に「系図買い=けいずかい」なる語原説が紹介されていることもそちらで紹介した。もっとも『日本国語大辞典』(第二版)など…

イーヴリン・ウォー『ラブド・ワン』のことなど

池永陽一『学術の森の巨人たち―私の編集日記』(熊本日日新聞社2015)は、講談社学術文庫の編集者(出版部長)だった池永氏の回想録であるが、そこに由良君美『言語文化のフロンティア』(講談社学術文庫1986)を編んだ切っ掛けについて語ったくだりがみえる…

ヒッチコックの『泥棒成金』

ヒッチコック作品は、高校*1、大学生の時分にある程度まとめて観て、その後――山田宏一・和田誠両氏による対談本『ヒッチコックに進路を取れ』が刊行された2009年(一昨年に文庫化された)、同書に触発されて、『見知らぬ乗客』を皮切りに、それまで観たこと…

早川孝太郎の『花祭』『猪・鹿・狸』

早川孝太郎(1889-1956)、という民俗学者がいた。 わたしはその名を、たしか岡茂雄の『本屋風情』で初めて知り、深く記憶に刻みつけたはずである。なにしろ同書の書名の由来に関わってくる人物なのだから。 少し長くなるが、そのくだりを「まえがき」から引…

『陶庵夢憶』や周作人のこと

張岱(ちょうたい)著/松枝茂夫訳『陶庵夢憶』(岩波文庫1981)という、滋味あふれる明代の随筆集がある。気が向いたときに、時々本棚から取り出しては読む。とりわけ「三代の蔵書」(巻二、pp.105-07)、「韻山」(巻六、pp.230-32)あたりが気に入ってい…

大泉滉・大泉黒石

濱田研吾*1『脇役本』が、ちくま文庫に入った。元版の右文書院版はかつて読んだことがあり、「中村伸郎の随筆集」で触れたこともあるが、増補がなされているというので手に取ってみた。 増補部分であらたに加えられた役者の顔ぶれがまた豪華だ。高田稔、賀原…

ちくま文庫の「ベスト・エッセイ」

ちくま文庫が、昨年12月から4カ月連続で「ベスト・エッセイ」と冠したエッセイ選集を刊行している。大庭萱朗編『田中小実昌ベスト・エッセイ』(12月刊)、大庭萱朗編『色川武大・阿佐田哲也ベスト・エッセイ』(1月刊)、荻原魚雷編『吉行淳之介ベスト・エ…

『女と刀』のことから

「明治150年」であるためか、日本近代関連書の出版や復刊が相次いでいる。大河ドラマの「西郷(せご)どん」(林真理子原作)関係はもちろん、たとえば中公文庫でも、石光真清の手記が新編集で復刊されたり*1、橋本昌樹の『田原坂』が増補新版で刊行されたり…