あの傑作集が新版で

近代読者の成立 (岩波現代文庫―文芸)
前田愛『近代読者の成立』(岩波現代文庫)所収「鷗外の中国小説趣味」「音読から黙読へ」「大正後期通俗小説の展開」再読。何れもレポート等で参照したことがあるものだが、『金瓶梅』受容史を書くために読んだ「鷗外の中国小説趣味」には、やや思い入れがある。これは、鷗外が依田学海の漢籍趣味に影響を受けたことを示したうえで、彼が白話小説から距離をとっていたのではないか――という説を提示した論文である。
そういえば鷗外が、陸軍軍医総監(脚気論争で有名ですね)を辞したときに、『説文解字義證』『四庫全書總目提要』*1『金石萃編』など百数十冊の漢籍を贈られたという話は、出久根達郎『古本夜話』(ちくま文庫)で読んだのだっけ。その書名を見て、なんだか親しみを感じたものである。
また、金子務『江戸人物科学史』(中公新書)読む。木村蒹葭堂箕作阮甫本木昌造あたりに興味あり。「平野富二抜きには、昌造の業績は語れない」(p.293)。「石井茂吉抜きには、諸橋大漢和の業績は語れない」なんて、引き合いに出せそうだ。
怪奇小説傑作集 1 英米編 1 [新版] (創元推理文庫)
新本屋で、平井呈一訳『怪奇小説傑作集1』(創元推理文庫)が新版で出ているのを見かける。『日本怪奇小説傑作集』(全三巻)が好評だったことによるらしい。平井訳の『傑作集1』は、リットンの『幽霊屋敷』とか、ジェイコブズの『猿の手』とか、レ・ファニュの『緑茶』とか、とにかく名作が目白押しなのである。『猿の手』は、みっつの願いを叶えてくれる「猿の手」が登場する怪奇小説で、ご存じの方も多いであろう。ヨーロッパの寓話にも、これとほぼ同じ構造をもち、結末のかなり似通っているものがあったように思う。
実をいうと、私は『猿の手』を、都筑道夫『猫の手』の引用で知ったのだった。『猫の手』も、同じくみっつの願いを叶える「猫の手」が登場する小説なのだが、『猿の手』の結末を知っている人によってなされる願であるだけに、その結末もなかなか手がこんでおり、相当意想外なものである。ちくま文庫では、確か『阿蘭陀すてれん』に入っている。

*1:ちなみにこの『四庫提要』には、誤りが沢山有ることが現在では分っているから、その利用に当っては、余嘉錫『四庫全書總目提要辨證』等を参照するのがふつうである。