澁谷實の『もず』、その他

一昨日、澁谷實『もず』(1961,文芸プロ=にんじんくらぶ)を観た。淡島千景の貫禄(それにしても「五十歳」という設定にはちと無理があったか)、それ以上に迫力のある山田五十鈴に圧倒される一本。有馬稲子の演技はまだちょっと生硬。成瀬巳喜男今井正の作品でお馴染みの水木洋子が脚本担当なので(もともとはテレビドラマむけに書いた作品であったが、それを自身で脚色したという)、母娘が丁々発止とやりあう描写はさすが。武満徹の音楽、それから淡島の「腰が痛い」というセリフに、大体「筋」を読むことが出来るので、それが否が応でも緊張感を高めてゆくのだが、乙羽信子が道化者となって場を和ませる(だがラスト、乙羽の「飛ぶ鳥――たつ鳥が一般的だとおもうが――跡を濁さずね」という台詞は言い得て妙だがたいへん非情だ。この「他人への無関心さ」というエゴの露出が実は怖かったりする)。
ラストの有馬の顔のクロースアップは、煙草をのむ淡島の顔のクロースアップ(有馬を出迎えるシークェンスの表情)と同じく、あるいはそれ以上に安易な手法ではなかろうかと思ったが、そのくどさは計算ずみのもので、それらが作品の枠組を規定している。そうでなければ、たとえば、正午のサイレンが鳴り響いたあとに淡島が後ろを振り返って有馬のもとへ駆け寄ってゆく演出だとか、キャメラが二度も捉える外套のポケットに入った札束のカットだとかいったしつこさも意味をなさなくなるからだ。
澁谷は、名作だけは撮るものか、と言っていたというが、いやいやこれは名作ではないとしても傑作である。
岡崎武志さんのブログに、「華麗なる一族」の最終回の話題が出て来た(私は、二話ほど見逃したが、ほとんど見た)。おなじく山谷初男の出演シーンが気になった(「拝啓、父上様」にも出演していたということは、未見なので知らなかった)。私が、山谷初男に注目しはじめたのは、若松孝二の妄想を足立正生が脚本化した映画『胎児が密猟する時』(1966,若松プロ)を鑑賞してからだった。山谷の銀幕デビューは、てっきりこの作品だと思い込んでいたのだが、どうもそれは間違いで、大和屋竺&若松タッグの『裏切りの季節』であるらしい。ともかくも、山谷初男といえば、かつてはアングラ映画やロマンポルノの名優なのであった。山谷の『胎児が密猟する時』での役名は丸木戸定男で、これは丸木砂土などと同じく、サドを意識した命名であることは明らかなのだが、その名も示すごとく、男はサディストで女はマゾヒストで……というわけではなくて、丸木戸はとにかくネガティブな被害妄想男なのである(だから、大映の『盲獣』にこの作品を結びつけて論じる人が確かあったが、そもそもベクトルが異なっているのではないかとおもう。それに『盲獣』には、媒介者がひとりだけいた)。モノクロの粗い映像が、男と女二人きりの濃密な時間をさらに濃密にし、ナレーションも担当している大谷義明による不気味な音楽が男の異常性と幼児性を際立たせていた。ただし、ラストの展開は評価が分かれそうだ。
『盲獣』に関連して。きのうは夜まで外に出ていたので、今朝、船越英二の訃報を知った。享年八十四。ついこないだ、ある人に「船越英二って存命だっけ?」と訊かれ、「俳優業は引退していて、たしか旅館を経営しているはずだよ」と答えておいたのだが、まさか、その直後に亡くなるとは……。
誕生日(三月十七日)に亡くなったのだそうだ。小津安二郎(享年六十)やイングリッド・バーグマン(享年六十七)も、自分の誕生日に死去した映画人である。
ご冥福をお祈りします。