乱歩と『宝石』

◆ミステリー文学資料館編『江戸川乱歩と13の宝石』(光文社文庫)が、さいきん出た。その収録作品の顔ぶれ(日影丈吉『飾燈』、火野葦平『詫び証文』、宮野村子『手紙』、鷲尾三郎銀の匙』、高城高『ラ・クカラチャ』、徳川夢声『あれこれ始末書 歌姫委託殺人事件』、山田風太郎『首』、星新一『処刑』、小沼丹『リヤン王の明察』、久能啓二『玩物の果てに』、香山滋『みのむし』、飛鳥高『鼠はにっこりこ』、江戸川乱歩『薔薇夫人』)はさることながら、新保博久氏による解題「雑誌『宝石』と江戸川乱歩」も(相変わらずだが)素晴らしい。たとえば火野葦平『詫び証文』については、元本にみえる細かい誤植(?)の指摘があるし、徳川夢声『歌姫委託殺人事件』の解題では、中村進治郎の説明に頁を費やし、芥川龍之介の死因諸説にまで筆がおよぶ。
新奇をてらわず傑作を収録し、それでも既刊本の収録作品となるべくダブらないように作品を選択しようとする編集方針も好もしいものである。たとえば、戸板康二による中村雅楽シリーズは創元推理文庫版が刊行中で入手しやすいし、日影丈吉吉備津の釜」も種々のアンソロジーに採られていてさほど珍しいものでもないから対象外にしたという。
なお、この解題によって、『宝石』の経営悪化が問題になったときに(発行元が岩谷書店から宝石社へと変わった)、木々高太郎がその編集を乱歩に任せようと提案したらしいことを知った。
乱歩自身の回想によれば、『宝石』の編集を任されることになったとき、まっさきに思い出したのは戸板康二花森安治のふたりだったとかで、乱歩編集になる第一号(昭和三十二年八月号)に、戸板による「カブキの悪人」という「随筆」が掲載されたという(『團十郎切腹事件』創元推理文庫による)。この随筆のことは、戸板康二『あの人この人―昭和人物誌』(文春文庫,1996)所収「江戸川乱歩の好奇心」(pp.9-18)でもふれられていない(処女推理小説「車引殺人事件」が『宝石』に掲載されるに至るまでの経緯は述べられている)。
新保氏によると、乱歩編集時代の『宝石』作品集を「もう一巻編」む心づもりもあるそうだから、おおいに期待しておこう。