やなぎだくにお?

柳田國男『西はどつち―國語變遷の一つの例―』(甲文社)*1は昭和二十五(1950)年刊で、大きめの検印紙には篆文で「甲鳥書林」の四字が(新村出『ちぎれ雲』甲鳥書林刊の検印紙もこれと同じタイプ)。しかしたとえば、三宅周太郎『演劇手帳』(甲文社)の検印紙はそれよりもずっと小さくて、「甲文社印」の四字が刻されている。甲鳥書林の検印紙を使用した甲文社の本は、たぶんこの度初めて入手した。
甲鳥書林」「甲文社」両社の関係は、林哲夫『古本デッサン帳』(青弓社)に詳しいが、そこでは奈良県に本拠を置いた「養徳社」についても触れてある。林氏の記述(及び林氏が引くところの湯川秀樹の記述など)を私にまとめてみると次のようになる。
甲鳥書林――昭和十五年創業(事実上の創業は昭和十四年か)。創業当時の発行人は中市弘、編集長は矢倉年。京都の下鴨と東京の世田谷区(こちらは間もなく銀座に移転、その後神田に移るが再び銀座へ)に拠点。屋号は吉井勇の発案になり、鴨川の「鴨」を分解して「甲鳥」とした。
・養徳社――昭和十九年十月創立(実質三月頃から?)。甲鳥書林天理時報社とが合併する形で設立された。代表取締役は中市弘、常務取締役は矢倉年。敗戦後、中市は岡島善次にその座を譲り退社(昭和二十二年の時点では既に発行人が「岡島善次」となっている)。
・甲文社――中市が旧社員を養徳社に残したまま戦後(昭和二十一年の初め頃)に設立。その後、矢倉は書林新甲鳥を設立し、中市とは袂を分ったという。
柳田國男の「炭焼日記」昭和二十年一月二十六日の条に、「太田全齋の「諺苑」刻本を矢倉君から贈つてくれる」とあり、「矢倉君」というのは、三日前の日記に「矢倉年君訪來、名古屋にて汽車不通になり、長野を廻つて來たといふ。京都の話をきく」とあるその「矢倉年」のことであろう(『定本 柳田國男集 別巻第四』筑摩書房所収による)。だとすれば、「諺苑」刻本というのは、前年末に出た藤井乙男解説『諺苑』(養徳社)のことに違いない。
この『諺苑』には、「古典覆刊 第一」と銘打ってあるが、同シリーズはその後続かなかったのだろうか。林氏作成の「甲鳥書林関連出版目録〔試作〕」(『古本デッサン帳』所収)にも、『諺苑』以外にそれらしいものが見当らない*2
ついでに、柳田國男の姓のヨミについて。古い本では、ルビが「やなぎた」ではなく、「やなぎだ」となっていることがある。というか、むしろそちらのほうが多い。『西はどつち』や『昔話覺書』(三省堂)の奥附も「やなぎだ」だし、小林英夫の『実践言語学』では「ヤナギダ先生」になっているし、同じ本のローマ字索引も「Yanagida kunio」である。面識のあった人が、そこまで大胆に誤るものだろうか。
■ツイン21、駅前ビル等
日影丈吉『名探偵WHO'S WHO』中公文庫160
カーター・ブラウン 田中小実昌訳『素肌』ハヤカワ・ミステリ210
尾崎士郎『醉中一家言』講談社ミリオンブックス300
江守賢治『字と書の歴史』日本習字普及協会200
徳川夢聲・獅子文六ほか『親馬鹿読本』鱒書房600
こばやしひでお『実践言語学』友文社700
柳田國男『西はどつち―國語變遷の一つの例―』甲文社500
久野すすむ『日本文法研究』大修館書店500
■天神。100均が良かった(以下100均での収穫のみ)。
長澤規矩也『「叱る」』長澤規矩也先生喜寿記念会
堀辰雄『花あしび』青磁
小林一三『復興と次に來るもの』国民公徳会
董同龢『漢語音韻學』台湾学生書局
馬渡務『印刷ダイジェスト』印刷学会出版部
田総武光『言葉のとちり―実例分析―』今井書店(献呈署名)
デラコルタ 飯島宏訳『ディーバ』新潮文庫
■熊本
津野海太郎『歩くひとりもの』ちくま文庫50
『おじさんは文学通1』明治書院50
加藤伴之『無雙節用 日本いろは字典』大阪田中榮堂500
吉屋信子『自伝的女流文学史』中公文庫105
へレーン・ハンフ編 江藤淳訳『チャリング・クロス街84番地』中公文庫105
加地伸行編『論語の世界』中公文庫105
海野弘アール・ヌーボーの世界』中公文庫105
源氏鶏太『新サラリーマン読本』新潮文庫105
森茉莉『マリアの気紛れ書き』ちくま文庫105
佐古純一郎『文学をどう読むか』現代教養文庫105
佐々木邦『いたずら小僧日記・おてんば娘日記』新学社文庫100
■頂きもの
川上澄生『ゑげれすいろは人物』濤書房(叔父)
網野菊『時々の花』木耳社(N氏)
川崎長太郎『もぐら随筆』エポナ出版(N氏)
山本健吉『猿の腰かけ』集英社(N氏)
串田孫一『画文集 山の独奏曲』山と渓谷社(N氏)
四天王寺には行けなかった。知恩寺、古書ブックフェア、ORC200の何れかには行きたいが……

*1:入手したのはソフトカバー版なのだが、ハードカバー版のタイトルは『西は何方』。

*2:ただし、「太田全剤」と誤植になっている(p.185)。