必要あって日本ペンクラブ丸谷才一選『花柳小説名作選』(集英社文庫)を読む。
 野口冨士男の「なぎの葉考」は、さいきん講談社文芸文庫でも読めるようにはなったけれど、武藤康史氏がかつて「『花柳小説名作選』(集英社文庫)は岡鬼太郎「四つの袖」を収めたことで尊ばれ」た*1、と記したように、オニタロウの花柳小説が文庫で読める(読めた)ってのは、やはり奇蹟的なことだとおもう。ネットだと、網迫氏のページでも読めるようですが。
 それに、『花柳小説名作選』のありがたい点は、巻末に野口冨士男丸谷才一による「〈対談解説〉花柳小説とは何か」を収めているということ。その対談のなかで野口は、荷風の『あぢさゐ』に触れて、「箱なしの枕芸者となると、これはまったく芸がなくてただ寝るだけ、いわゆる不見転(みずてん)で、だれにでも買われる芸者なんだけれども」(p.419)、と発言している。
 このほど、武藤康史氏の編になるオリジナル選集『野口冨士男随筆集 作家の手』(ウェッジ文庫)が出た。それに入った「芸者の玉代」という文章でも、野口は『あぢさゐ』に言及しているのだが、そこでは、「私などが遊んだ芸者はそのクチ(不見転―引用者)で、戦前といえども、それは非合法の秘密な遊びであった」(p.220)、「私は田辺茂一さんに『安いうちに遊んでおいてよかったですね』と言われたことがあった」(p.222)などと告白している。これがまた、おもしろい。

*1:ぼくらはカルチャー探偵団編『活字中毒養成ギプス』角川文庫,p.217。平岡篤頼がこの『花柳小説名作選』をテキストにして講義をしていた、というのは、後述の『作家の手』に出て来る話。