購書・映画鑑賞記録抄

漢文スタイル

漢文スタイル

 とりわけ、「晴耕雨読」「緑陰読書」について書かれた章をおもしろく読んだ。
 pp.123-31に湯川秀樹の話。これも印象にのこった。湯川の半生記『旅人』に引かれた、父琢治が若き日によんだ絶句は、『目に見えないもの』にも引かれているそうだが(こちらは読んだことがない)、「字句に異同があって(『旅人』に引かれるほうは―引用者)平仄が合わない」(p.130)という情報もあるので、嬉しい。
 ちなみに『旅人』(角川文庫)によれば、それは、

大潮奔駛去悠々
海南極端百尺楼
一望直南三万里
浮雲尽処是濠洲

という詩なのだが(旧版p.32)、齋藤氏の引用、すなわち『目に見えないもの』に引かれたものは、第二句が「海極端百尺楼」(p.130)となっている。第四句の「濠洲」も「豪州」となっているが、これは平仄の相違には関与しない。
 ここで、平=○、仄=●であらわすとすれば、もとの詩は、
●○●●●○○
●○●○●●○
●●●○○●●
○○●●●○○
となるから、「二六対、二四不同」(いずれの句においても、二字め・六字めの平仄を一致させ、二字め・四字めの平仄を別々にする。また、初句と第二句、第三句と第四句とでは、それら三字の平仄が全く逆になっていなければならない)のルールが徹底されていないわけである。しかし、第二句を「海角極端百尺楼」と訂すれば、「●●●○●●○」となるから、少なくともこのルールにおいては(「少なくとも」と云うのは、特に四字めに関して孤平を避けることが守られていないからである。孤平とは、平声の一字が仄声字に挟まれてしまう状態をさす)平仄が合う。
 さて齋藤氏は、この結句は、頼山陽の「阿嵎嶺」詩や蘇軾の「澄邁駅通潮閣」詩其二、あるいは王維の「送別」詩を踏まえているのではないか、と書くのだが、「漢文脈の読み書きによって形成される主体」にまでおもいを馳せる。
 明治期の日本人による漢詩文を、形式主義的な――つまり、語彙レベルや表現レベルでの古典の摸倣として論うだけではなく、また、作詩という営為を当時の典型的な教養の一種として位置づけるだけではなく、表現する主体の自覚、というところにまで話を進めようとするのが、いかにも齋藤氏らしい。

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五月某日
神代辰巳『地獄』(1979,東宝)。B級テイストのチープな感じが楽しい。原田美枝子の「食肉獣」には笑ってしまった。獄卒役に浜村純、というのもおかしい。
同月某日
今森光彦里山の少年』新潮文庫
同月某日
瀧井一博『伊藤博文―知の政治家』中公新書
同月某日
松本健一『日本のナショナリズムちくま新書
円満字二郎常用漢字の事件簿』NHK生活人新書
同月某日
神代辰巳『かぶりつき人生』(1968,日活)。タイトルをかりただけで原作とまったく関係がない、ということは田中小実昌自身が言っている。雨のシークェンスなど、どことなくトリュフォーをおもわせるような……。
同月某日
神代辰巳『宵待草』(1974,日活)。この作品の浜村純は、右翼の巨魁。脚本は長谷川和彦。シリアスなはずのシーンに細野晴臣のコミカルな音楽が流れたり、「宵待草のやるせなさ 今宵は月も出ぬさうな」(詞:竹久夢二、曲:多忠亮)や野口雨情の「船頭小唄」(「枯れすすき」)を高岡健二(建治)がうたっていたりと、劇中曲がいろいろと面白い(冒頭は「教育勅語」)。高岡の船頭小唄は、『青春の蹉跌』のショーケンみたい。また、高岡、夏八木(夏木)勲、高橋洋子の三人がうたう「自由を無視(むし)する暴政に 六十余州の血は迸り ここに立ちたるテロリスト」は、「自由を無視(なみ)する虐政に 十三州の血は迸り 茲(ここ)に立ちたるワシントン」(「ワシントン」)の替え歌だろうが、実際大正期に歌われたことがあったのだろうか。さらに、夏八木のうたう「民権論者の涙の雨でみがき上げたる大和ダマ」は、「ダイナマイト節」の一節だが、「大和ダマ」は、『演歌の明治大正史』では「大和ギモ」となっている。

演歌の明治大正史 (1963年) (岩波新書)

演歌の明治大正史 (1963年) (岩波新書)

同月某日
『杉山平一詩集』思潮社210
大嶽秀夫自由主義的改革の時代』中央公論(新)社210
同月某日
若松孝二『処女ゲバゲバ』(1969,若松プロ)。脚本は大和屋竺。タイトルは大島渚によるもので、もとは「ガセネタの荒野」。荒野を地下室に見立て、フレイザーの「金枝篇」に着想をえたアングラ前衛劇。
同月某日
岡本綺堂綺堂随筆 江戸のことば』河出文庫260
結城昌治『出来事』中公文庫110
松本清張地図帖』帝国書院
同月某日
折口信夫死者の書・口ぶえ』岩波文庫
津野田興一『世界史読書案内』岩波ジュニア新書
同月某日
村松梢風『風と波と』新潮社40
諸橋轍次『中国人の知恵』講談社現代新書80
大出晁『日本語と論理』講談社現代新書30
柳沢淇園著 森銑三校訂『雲萍雑志』岩波文庫380
同月某日
野間秀樹『ハングルの誕生』平凡社新書
小谷野敦『日本文化論のインチキ』幻冬舎新書
都筑道夫泡姫シルビアの華麗な推理』新潮文庫105
藤村幸三郎『推理パズル』河出文庫105
高井信ショートショートの世界』集英社新書105
同月某日
倉島長正『国語辞書一〇〇年―日本語をつかまえようと苦闘した人々の物語』おうふう2100(2500)
同月某日
白川静『桂東雑記 拾遺』平凡社
高島俊男お言葉ですが… 別巻(3)』連合出版