平山夢明『いま、殺りにゆきます』が、書下し三篇を加えてふたたび文庫化された(『恐怖実話集 いま、殺りにゆきます RE-DUX』光文社文庫)。「恐怖実話集」とあるけれども、ここに収められているのはいわゆる心霊譚ではない。たとえば、平山氏の『実録怪談集 鳥肌口碑』(宝島社文庫)は前半が「実話怪談」(心霊もの)、後半が「事件実話」となっていて、この後半部の系列の「実話」をまとめたのが、『いま、殺りにゆきます』なのである*1。平山氏は、『鳥肌口碑』のあとがきで、もともと心霊ものと事件ものとを分けて考えていたが、次第に「地続き」のものとして捉えるようになった、ということを書いている*2
 この平山氏のスタンスは、遠藤周作の『怪奇小説集』『第二怪奇小説集』(ともに講談社文庫)によく似ているなあ、とおもっていたら、光文社文庫版『いま、殺りにゆきます』の解説(町山智浩)がこれにちょっと触れていた(p.225)。遠藤の『怪奇小説集』は、「周作恐怖譚」に幾つか短篇を加えたもので、心霊譚が中心である(『第二怪奇小説集』は「事件実話」中心である)。特に冒頭の「三つの幽霊」には、吉行淳之介柴田錬三郎三浦朱門曽野綾子などといった実名が出てくるので真に迫っている。この短篇で描かれた三つめの熱海でのエピソードは、「蜘蛛」(この標題で短篇集が刊行されたこともある)の冒頭でも語られている*3
 ただし、『第二怪奇小説集』所収の「解説」(権田萬治)も併せ読むべし。

いま、殺(や)りにゆきます―RE‐DUX (光文社文庫)

いま、殺(や)りにゆきます―RE‐DUX (光文社文庫)

鳥肌口碑

鳥肌口碑

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 「澄むと濁るのちがい」に関することがら。『源氏物語』手習巻を読んでいると、「怪しのさまに、額おしあけて、〔宿守は〕出で來たり」(岩波の旧大系本による)、とあった。対応する頭註には、「見苦しい様子に、烏帽子を阿弥陀に冠って、額を広く出し(開け)て出て来た」(第五巻,p.343)とある(巻末の図41に、「烏帽子の無作法な着用」の例が示してある。p.516)。 手許には旧大系本しかないが、小学館の新編全集では、当該個所が(うろ覚えだが)「額おしあげて」となっていたようにおもう。
 大塚ひかり訳は、小学館の「古典文学全集」(旧)にほぼ基いているようだが、「宿守は妙な格好に烏帽子を額の上に押し上げて、出て来ました」(『源氏物語 第六巻』ちくま文庫,p.488)となっている。このほかに現代語訳は、谷崎の新訳(二度めの現代語訳)しか持っていないが、これを見てみると、「爺が變な恰好をして、手で額を撫で上げながら出て來ました」(新書版『潤一郎譯源氏物語 第八卷』中央公論社1960,p.224)となっていた。

源氏物語〈第6巻〉宿木~夢浮橋 (ちくま文庫)

源氏物語〈第6巻〉宿木~夢浮橋 (ちくま文庫)

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 お帰りなさい。

はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書)

はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書)

 幻冬舎新書の創刊ラインナップに入っていた本。この新書では珍しく横組。三年半前に読んで、よくわからないなりに感動した記憶がある。「2010年6月、ウーメラ砂漠」のシミュレーションあり(pp.290-92)。その後、三基めのイオンエンジンが故障した、というニュースが報じられ、大丈夫なのかとおもっていた。
 めでたいことだが、政権交代で、予算が縮小傾向にあるというのが残念だ。

*1:『東京伝説』シリーズも、「事件実話」限定である。

*2:なお、平山氏が心霊系の実話本『「超」怖い話』に記事を書くこととなったきっかけは、先月出た樋口明雄『メモリーズ』光文社文庫の解説「人間機関車、発進す!」で明らかにされている。

*3:のちにこの「蜘蛛」は、紀田順一郎東雅夫編『日本怪奇小説傑作集2』(創元推理文庫)に収められた。