購書日記など。

 きょうは松本清張の亡くなった日。私は清張作品が大好きで、「清張好み」という変なエントリを数本書いている。

清張好み(1)http://d.hatena.ne.jp/higonosuke/20090203
清張好み(2)http://d.hatena.ne.jp/higonosuke/20090209
清張好み(3)http://d.hatena.ne.jp/higonosuke/20091010
清張好み(4)http://d.hatena.ne.jp/higonosuke/20091229
清張好み(5)http://d.hatena.ne.jp/higonosuke/20100503

 まだ五本。少なくとも十五本は書く予定で、いますぐにでもアップできるものも幾つかあるが、しりごみしてしまっている。また、書き足したい部分もいくつかあるのだが、そちらも放置したままだ。
 つけたり。五本目のエントリで、『梅雨と西洋風呂』に牧逸馬『浴槽の花嫁』が出てくるということにふれたが、のちに、牧逸馬『浴槽の花嫁―世界怪奇実話1』(現代教養文庫)の解説を、松本清張が書いていた(「牧逸馬の『実話』手法―牧逸馬と私―」*1)ことをおもい出した*2。改めてこれを読むと、清張が「犯罪ドキュメント」にも手を染めることになったきっかけや、自身の読書遍歴などが書かれていて、なかなか面白い。

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七月某日
 コバケンの名曲演奏会を聴きにいったあと、ジュンク堂で「芸術新潮」8月号、四方田犬彦『俺は死ぬまで映画を観るぞ』(現代思潮新社)を立読み。四方田氏は、『蒐集行為としての芸術』という本も同時に刊行した。こちらはまだ中身さえ見てないが、ちょうどいま読んでいる平澤一『書物航游』(中公文庫)が、「蒐集」に取り憑かれた人々を描いていて、すこし興味が湧く。柳宗悦『蒐集物語』(中公文庫)とか坂崎重盛『蒐集する猿』(ちくま文庫)とか、このテのものも面白いなあ。
 興膳宏『漢語日暦』(岩波新書)、池内紀『文学フシギ帖』(岩波新書)、西牟田靖『僕の見た「大日本帝国」』(角川ソフィア文庫)を購う。

七月某日
 私の「読書の師匠」のひとりであるNさんが、「今回はつまらないものばかりですが」と、稲越功一『男の肖像』(集英社)、『谷内六郎の世界』(THE SHINCHO MOOK)、安野光雅『魔法使いのABC』(童話屋)、佐多稲子『ひとり旅ふたり旅』(北洋社)などを下さる。つまらないなんてとんでもない、いつも本当に有難うございます。安野氏の本は、かつて「徹子の部屋」で紹介されたことがあるらしい。『男の肖像』は、さすが名著といわれるだけあって、見ていて飽きない。今となっては貴重な写真や文章がたくさん。
 それにしても、Nさんはまったくものに頓著されないかたで、「息子や娘は全然興味がないですから(御子息や御息女は私とほぼ同世代である)」、と仰って、私なんぞにたくさん本を下さるのだが、こちらのお返しはまことに微々たるものなので、いつもいつも申しわけなくおもう。これまでにも、木山捷平戸板康二永井龍男尾崎一雄藤枝静男江藤淳小沼丹の本を、たくさんいただいている。「要らなかったら捨ててください」とよく仰るのだけれど、『酔いざめ日記』や『小さな手袋』など、一冊一冊が溜息の出るほどよい本ばかりで(署名入も少なからずある)、手ばなすどころか、莫迦みたいだが、本棚の目立つ位置に並べてひとり悦に入っている(もちろんちゃんと読んでいる)。
 スジのいい本棚、という言葉はこのかたのためにあるのだろう、と考えたりする。

七月某日
 今日は非常に忙しかったが、なんとかKに寄れたので、フィリップ・ショートの『毛沢東―ある人生(上)(下)』(白水社)を見てくる。話題になったのは十年位前だったとおもうが、ようやく邦訳されたか! 訳者は山形浩生氏と守岡桜氏。ショートの『ポル・ポト』も山形氏が訳している。こちらはブックオフで買ったのを読んだが、訳者解説もすばらしかった。

七月某日
 所用あって出る。Kに運よく立寄ることができたので、室生犀星『愛の詩集』(角川文庫)など5冊420円。ほかに、福永武彦『夢見る少年の昼と夜』(新潮文庫)250円。昨秋読んだ、『忘却の河』があまりにも素晴らしかったので、このまま福永ファンになってしまいそうだ。まだその作品は、『草の花』『海市』『風のかたみ』、加田伶太郎もの数篇など、数えるほどしか読んでないが、ことごとく良い。そういえば『廃市』も、これは大林宣彦の映画を観たあとに、Oの均一棚で見つけたのを読んだが良かった。この作品を「卒論小説」というジャンルに位置づけていたのは誰だったかな。
 某所からの帰り道、Tにも寄る。ここは、ときどき素晴らしい拾いものがあって(しかも安い*3)侮れないが、今日もよかった。日影丈吉傑作選(現代教養文庫)、別巻はなかったのだが、『かむなぎうた』『猫の泉』『内部の真実』の三冊が各300円。教養文庫とあって、小口・腹が少ヤケだけれど(たしか書肆紅屋さんも、教養文庫は劣化しやすいことを書いておられたっけなあ)、安いので見逃すはずがなく、むろん買う。特に『内部の真実』は、高島俊男先生が書評を書いていたのを読んだばかりで気になっていたところなのだった(種村季弘氏、堀切直人氏が日影丈吉について書いた文章も、ごく最近読んだばかり)。

七月某日
 午前中時間があったので、出たついでに「このはな文庫」に寄る。内田魯庵『バクダン』(春秋社)、三谷幸喜和田誠『それはまた別の話』(文春文庫)、福田恆存『筯補版 私の國語繁室』(新潮文庫)を買う。福田著は、中公文庫の増補版、文春文庫版も持ってはいるが、50円だったので即購入。
 さらに、ひと駅先の天三で「プチ古書即売会」が始まったばかりだったので、誘惑に勝てず、ふらふらと寄ってしまう。日野岩太郎『話し方の研究』(梧桐書院)100、荒俣宏『稀書自慢 紙の極楽』(中公文庫)400、それから迷ったが、J.A.フォーゲル著 井上裕正訳『内藤湖南 ポリティックスとシノロジー』(平凡社)2000も買う。高島俊男先生がその構成力と井上氏の訳文とを褒めていた。湖南の評伝というと、三田村泰助の中公新書しか読んだことがない*4
 また天牛の店頭均一で、三國一朗『ことばのある風景』(新潮社)100や、50均では石川淳源氏鶏太藤原審爾の品切文庫を拾う。

七月某日
 Sちゃんを送り届けるついでに出て、三島由紀夫『太陽と鉄』(講談社文庫)200、駒田信二『中国怪奇物語 妖怪編』(講談社文庫)130円を買う。駒田著、これでようやく「神仙編」「幽霊編」「妖怪編」が揃った。いずれも初刷なのはいいけれど、講談社文庫が刊行途中に意匠がえをしたので、背表紙が不揃いなのがちょっと気になる。最近だと、田中小実昌河出文庫がそんな感じだった。『上陸』『新編 かぶりつき人生』のみ新カバーという……。
 そのほか、ロナルド.L.マレット&ブルース・ヘンダーソン著 岡由実訳 竹内薫監修『タイム・トラベラータイム・マシンの方程式を発見した物理学者の記録』(祥伝社)も買う。『失われたミカドの秘紋』など*5、「と」も出しているところだからちょっとどうかなとおもったが、まじめな内容みたい。日本語版序文に、『時をかける少女』の話が出てくる。
 マレット氏は、幼いころ、H.G.ウェルズの『タイム・マシン』に感銘をうけたのだそうだ。映画に対する造詣もふかいので、面白く読める。またマレット氏は、人種問題でいわれのない差別を受けてきたことも、包み隠さず書いている。
 最後のほうでは、いわゆる「タイム・トラベル・パラドックス」にも言及している。そこで、スティーヴン・ホーキングの「時間順序保護仮説」に関連する「自然による阻止」と、デイヴィッド・ドイッチェの「並行世界理論」、すなわち「多世界解釈」とを紹介している。
 後者は、青山拓央氏が「実在性の分岐モデル」と呼んでいたものだ(『タイムトラベルの哲学』講談社SOPHIA BOOKS,2002)。SFの世界ではすでに「常識」になっているらしいが、最近私が観たものだと、トニー・スコット『デジャヴ』(2006,米)のラストもこれを採用していた。
 さてマレット氏は、「多世界解釈」について、あらゆる可能な意思決定点において宇宙が分裂するのは、「意識的な選択によって発生するのではなく、『たまたま』起きる」(p.307)、と書いている。これは青山著の説く(p.114-15)「自由意志」を否定する立場であるが、かといって、宗教的宿命論に類するというわけでもなく、確率論的な決定論ということになるのだろう。が、何れにせよそれも何らかの法則にもとづいているといえば、確かにそのとおりなのかも知れない。そう考えてゆくと、なんだか言語ゲームのようになってしまう。しかし、マレット&ヘンダーソンの『タイム・トラベラー』は、あくまでも、タイム・トラベルを可能にする理論を真面目に考察した本なのである。
 ところで、青山著でおもしろかったのは、「相対論が主張しているのは、この唯一のブロック時空を、どのようにスライスするかは観測者に依存する、との見解であって、観測者の数だけ異なる時空が存在するとの見解ではない」(p.124)と書き、それと真っ向から対立するのが量子力学多世界解釈(ただしこの考え方が量子力学の亜流に属することは青山氏も述べるとおり)だ、と書いていたこと。それが「静的宇宙」と「動的宇宙」との相違なのか、と妙に納得した記憶がある。

(附記)
 その後、「タイムパラドックスを回避する方法」という記事を読んだが、マサチューセッツ工科大のセス・ロイド氏のチームが主張しているのが、「自然による阻止」にあたるのだろう。記事(邦訳は抄録)には、

5月にarXiv.orに発表した先行研究において、Lloyd氏のチームは、この事後選択モデルを、光子を用いてシミュレーションする実験を行なっている。光子を過去に送ることはできないが、タイムトラベラーが遭遇する可能性のある状況に似た量子状態に光子を置くことは可能だ。自己矛盾したパラドキシカルな状態に光子が近づくほど、実験が成功する頻度は下がっていき、実際のタイムトラベルも同じような結果になる可能性を示唆した。

とあって、よくわからないが、なんだか面白いことになっている。


書物航游 (中公文庫)

書物航游 (中公文庫)

男の肖像 (1981年)

男の肖像 (1981年)

内藤湖南 ポリティックスとシノロジー (テオリア叢書)

内藤湖南 ポリティックスとシノロジー (テオリア叢書)

タイム・トラベラー タイム・マシンの方程式を発見した物理学者の記録

タイム・トラベラー タイム・マシンの方程式を発見した物理学者の記録

*1:カバーのタイトルは、なぜか「私の牧逸馬」となっている。

*2:以前古本屋で何度か見かけていたのだが、揃定価だったり高かったりでなかなか買えなかった。しかし、ちょうどうまい具合に、セールの均一棚で入手出来た。

*3:ただ、最近はちょっとプレミアを意識しはじめたとおぼしい。たとえば富士正晴の文庫に500円をつけるようになってきたので……。

*4:あとは、『東洋学の創始者たち』に収められたものなど、断片的なものしか読んでいない。青江舜二郎『竜の星座』も読んでみたいものだが。

*5:エルサレムからヤマトへ―『漢字』がすべてを語りだす!」とあるから、どうも「超古代史」本らしい。その内容紹介に、「『人』+『ム』=『仏』(「人」+「弗」ではなく―引用者)……これは何を意味するのか?」とあって、うーむ、となった。そういえば、徳間書店の「5次元文庫」に、竹内薫氏と村上和雄氏の対談本が入って、ちょっとびっくりした。