『革新幻想の戦後史』

 最近の「ロコポロ本」は、竹内洋『革新幻想の戦後史』(中央公論新社)である。「ロコポロ本」というのは、たしか原田宗典がエッセイで書きとめていたと記憶するが、要は、「目からウロコ(呉智英などにいわせると、正確にはウロコのようなもの、ということになろうが)が(ポロポロ)落ちる」本、のことである(記憶が確かならば、原田氏は安吾の『不連続殺人事件』を「ロコポロ本」の例に挙げていた気がする)。
 竹内先生の本はよく読むのだが、このたび刊行された本では、これまで以上に自身の経験に引きつけて時代を語っているようにおもう(『諸君!』『正論』連載中は一度も目を通していない)。主に車中読書用だから、ちびちび読んでまだ半分に達するか達しないかくらいであるけれども、どの章からも何かしら知見を得ることができる。たとえば1章では、丸山眞男のいう一枚岩的な「悔恨共同体」に異議申し立てをして「無念共同体」との対比を行うこと(小松先生の『悪霊論』の理論を援用しているのにもびっくり!)に蒙を啓かされたし、2章では、(歴史学からするとナンセンス?な「たられば」論かもしれないが)岸内閣が衆院解散に出て安保改定の民意を問う選挙を行っておれば、民主社会党が躍進して「一九六〇年代前半からの日本の道筋がちがったものになったかもしれない」、と論をすすめるくだりに興奮をおぼえた(同じ「if」の視点からだと、敗戦直後に獄死した三木清が長命を保っていたら清水幾太郎丸山眞男の「出る幕はかなり減っただろう」、という見方も興味ふかい)。
 そして個人的な経験を回顧する記述も面白いのだが、それはいま省略にしたがう。
 また、いつものことだが、文中で言及される書物――この本だと、たとえば暴露本『割烹料亭般若苑マダム物語』(三島由紀夫の『宴のあと』はだいぶ前に読んだが)や、北署吉『哲学行脚』など――も読みたくなってくるのである(竹内先生は、『三太郎の日記』―これは先生の名著『学歴貴族の栄光と挫折』などにもキイ・ワードのように出て来る本だが―を「哲学おたくのブログのようなもの」と評し、一方の『哲学行脚』を「臨場感があり、『三太郎の日記』よりはるかにおもしろい」、と書いている)。

革新幻想の戦後史

革新幻想の戦後史

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 TS書店の××均は、帰途つい寄ってしまう「お気に入り」の場所である。××均と書いたのは、日によって価格が違っているからで、250均だったり、300均だったり、480均だったり、ときには500均だったりする。毎度“本日限り”と書いてあるのだが、そのくせ、たまに品物の一部が重複している。つまり、480円で出ていたある本が、次に見たときは250円になっている場合もあるわけで、480円で少し迷いを生ずるような品に250円の値がついたら、ここぞとばかりにそそくさと購って帰るのだ。
 このあいだは、250均がやっていて、岩波版「荷風全集」(2刷)の一部が蔵印有函ナシで出ていた。「荷風全集」がバラで出ているとき、まず確認するのは、「断腸亭日乗」の巻があるかどうか、である。
 例によってそれを確認したところ、なんと「断腸亭日乗」の巻(第十九〜二十四巻。全六巻)がすべて出ている! というわけで、全部買ってきた。印有函ナシとはいえ状態すこぶる良く、月報も揃っているので、これは「買い」だろう。
 「断腸亭日乗」は、これまでにちゃんと読んだのは摘録の岩波文庫版(二分冊)だけで、あとは偏奇館焼亡(昭和二十年三月九日の條は名文とされる。たとえば鴨下信一『面白すぎる日記たち―逆説的日本語読本』文春新書、が引用しているのもこのくだりである。pp.59-60)の前後や敗戦前後を図書館で繙読したにすぎない。そも「荷風全集」を揃える積りはハナからなかったし、全集収録版でない岩波の『断腸亭日乗』(総索引つき)は、古本でもわりと値がはるから手がでない。だから、全集版「断腸亭日乗」の巻のみを、こうして首尾よくわが(貧弱なる)ライブラリイに加えられるとはおもってもみなかった。
 それにしても、「断腸亭日乗」は秋の夜長の読書にもってこいである。倦むことなく読める。
 月報も面白くて、書き手がまた、錚々たる顔ぶれである。第19号(遠藤周作川副国基武田勝彦、関秀一)、第20号(奥野信太郎、松本恵子、大島隆一、高木進、関根歌)、第21号(尾崎久彌、高田瑞穂、杉浦明平、小川丈夫)、第22号(中山義秀、松島栄一、沢田卓爾、高橋邦太郎)、第23号(開高健、菅原明朗、小野寿美子、竹下英一)、第24号(湯浅芳子、池上浩山人、安東英男)、といった面々。
 ちなみに、この日記を「荷風の作品の中でも最高の創作」と断言する遠藤周作は、「荷風の戦後日記は今、この原稿を書いている時はまだ東都書房版でわずかに読みうるだけで、この岩波版でも未発行」とのべ、また「死を前にした頃の日記は、岩波、荷風全集の係の人に聞くと、たゞ天候とメモのような憶え書きが記されてあるだけだと言う」、と書いている。「断腸亭日乗」は、この全集版によって初めて未公表部分も発表される(削除部分も原本に戻されるなどした)こととなったので、刊行を心待ちにしていた人も少なからずいたであろう。一昨年に文庫化された、名著・川本三郎荷風と東京―『断腸亭日乗』私註(上)(下)』(岩波現代文庫)における引用も、この全集収録の決定版を底本としている。

摘録 断腸亭日乗〈上〉 (岩波文庫)

摘録 断腸亭日乗〈上〉 (岩波文庫)

摘録 断腸亭日乗〈下〉 (岩波文庫)

摘録 断腸亭日乗〈下〉 (岩波文庫)