最近読んだ本から

 Iの200均に背文字の消えかかった角川文庫があり、よく見たら内藤湖南の『日本文化史研究』だったので、あわてて買った。
 『日本文化史研究』は、三たび文庫化されている。一度めは創元文庫版で、これは未見。二度めは、このほど購った内藤虎次郎『日本文化史研究』(角川文庫1955)、三度めは内藤湖南『日本文化史研究(上・下)』*1講談社学術文庫1976)である。角川文庫版(解説は神田喜一郎)には附録として「日本美術史序」「『日本古建築青華』序」を収めるが、学術文庫版(解説は桑原武夫)にこれらは無く、角川文庫版が省いた「古写本日本書紀について」「香の木所について」「日本風景観」を収めている。
 この本は私の愛読書のひとつで、「平安朝時代の漢文学」「日本文化の独立と普通教育」あたりは精読に精読をかさねているが、高島俊男『本と中国人と日本人と』(ちくま文庫2004)は、日本の大陸進出を正当化するような記述に「きわどい論法」も見いだしている(pp.310-315)。
 同書に何度も言及しているのが谷沢永一氏である。たとえば谷沢永一『古典の読み方―いま役立つ知恵と活力の源泉・この9冊』(祥伝社ノン・ブック1981)は厳選9冊のうちの1冊に挙げていて、「この本は、文化史研究であると同時に、学問とは何かという本であり、人間とは何かという本であり、同時に、読書とは何かというテーマに貫かれた書物なのである」(p.201)と口をきわめて絶讃している。また晩年には、コラム「成長発展」(平成20年1月,『[完本]巻末御免 昭和から平成へ―時代の風を斬る』PHP研究所2010:310)で『日本文化史研究』所収の「応仁の乱について」を参照しつつ、「動乱の時代にこそ日本の文化は急速な発達を遂げた」と結論している。
 この「応仁の乱について」は、同書中では引用される機会が比較的多い講演で、たとえば渡辺京二『日本近世の起源―戦国乱世から徳川の平和へ』の序章でも、「徳川期」と「維新以後(近代)」とを連続的なものと捉える学説の先蹤としてやや批判的に引用されている。しかし、湖南の「日本文化の独立」を読むと、彼はむしろ、近代と「今日の日本」とに連続性を見いだしており、徳川時代と維新以後とはあるていど断絶されたものと考えていたとおぼしい。さらに湖南は、後宇多天皇から後醍醐天皇に至る復古思想→革新思想という流れを明治維新を引き合いに出しながら解説してさえいるのだから、やはりこれは、「断絶説」に与するものだろう。

日本文化史研究 (1955年) (角川文庫)

日本文化史研究 (1955年) (角川文庫)

日本文化史研究(上) (講談社学術文庫)

日本文化史研究(上) (講談社学術文庫)

日本文化史研究 下 (講談社学術文庫 77)

日本文化史研究 下 (講談社学術文庫 77)

[完本]巻末御免

[完本]巻末御免

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 高橋昌一郎『知性の限界―不可測性・不確実性・不可知性』(講談社現代新書2010)は正篇につづいて相変わらず知的好奇心を刺戟してくれる本で、読書欲もかき立ててくれる。たとえば「サイエンス・ウォーズ」(p.96-)のくだりを読むと、最近文庫化された『「知」の欺瞞』を再読したくなるし、「微調整」(p.194-)のくだりを読むと、三浦俊彦『多宇宙と輪廻転生―人間原理のパラドクス』(青土社2007)を読み返したくなる。たしかこの本の冒頭で、「ファイン・チューニング」の議論が展開されていたはずだ(なお高橋著のp.188-にはまさに「人間原理パラドックス」という章題がついており、三浦氏の『ゼロからの論証』も参照している)。宇宙の微調整問題に関しては、最近の松原隆彦『宇宙に外側はあるか』(光文社新書2012)にも詳しく書かれてあり、これは専門的な立場から分り易く説いていたのが印象的だった。
 さて、高橋著p.75-に「虹」の話が出て来る。「虹=七色」は万国共通の理念ではない、という例のあれである。このことについてわたしが最初に触れたのは、鈴木孝夫『日本語と外国語』(岩波新書1990)によってであった。高橋著は何を参照したのか知らないが、「オングストローム」(一千万分の一ミリメートル)を用いて、やや詳しく説いている。「アフリカ南部のローデシアのショナ語圏では「cipswuka(赤・橙)、acitena(黄・黄緑)、acitem(緑・青)」の三色、リベリアのバサ語圏になると「ziza(赤・橙・黄)、hui(緑・青・紫)」の二色と認識しています」(p.76)という、(確かどこかで読んだような気もするが)いくぶんマニアックな記述もある。
 最近では、藤田貢崇『137億光年の宇宙論』(朝日新聞出版2012)中のコラム「虹は可視光線のスペクトル」(pp.36-37)が、虹の色について書いている。このコラムによると、アメリカでは虹は一般に6色と見なされているが、「科学のテキストなどでは7色」(p.37)なのだそうである。

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 そういえば高橋著、「地震学者」の発言が、東日本大震災を予見しているようでなんとも不吉である。
――「過去の地下断層の歪みを考察して、『今後三十年以内に宮城県沖を震源とするマグニチュード七・五程度の地震が発生する確率は九九パーセント』のような形式で警告を発しているわけです」(p.182)。

*1:講談社学術文庫で分冊となって出たものは、後に合冊となって出ていることがある。たとえば、ヘルマン・パウル 福本喜之助訳『言語史原理』、柳田國男『国語の将来』『明治大正史世相篇』などがそうである。しかし、『日本文化史研究』は分冊のままで合冊は出ていないようである。