いんね火

 中村圭子・三谷薫編『石原豪人 妖怪画集』(復刊ドットコム2012,以下『画集』)は、新刊でながらく鑑賞することがかなわなかった豪人の怪奇画をたくさんみられる貴重な画集である。
 このなかには、佐藤有文『いちばんくわしい日本妖怪図鑑』(立風書房ジャガーバックス1972,以下『日本』)、佐藤有文『いちばんくわしい世界妖怪図鑑』(立風書房ジャガーバックス1973,以下『世界』)所収の画も収めてある。これらは、石原豪人の画業、とりわけ怪奇画を話題にするさいに、必ずといってよいほど言及される作品群である。
 実は、『日本』や『世界』所収の一部の豪人作品*1は、どの時点かは知らないが、後刷では差し替えられている。しかし、『画集』は初刷の画を採録している。私蔵本は後刷*2だから(『日本』は1981年33刷、『世界』は1979年28刷)、たとえば「ねこまた」(『日本』pp.34-35)、「女郎ぐも」(『日本』pp.98-99)、「蛇女ゴーゴン」(『世界』pp.14-15)、「幽霊」(『世界』pp.26-27)、「妖獣ケルベロス」(『世界』pp.30-31)といった画は、『画集』所収のものとは違っている。それらを見せてくれるので、『画集』の出版は二重にありがたいことなのである。
 ところで『日本』には、「いんね火」(pp.158-159)という名称の火怪も収められている(これも豪人が手がけている)。竹内義和聖咲奇編『世界の妖怪全(オール)百科』(小学館コロタン文庫1983)も同じ名称で、私は、恐らくこの『日本』や『妖怪全百科』にみえる名称を記憶に深く刻みつけていたせいか、「いんね火」という名に親しんでおり、たとえば水木しげる『[図説]日本妖怪大全』(講談社+α文庫1994)では「遺念火(いんねんび)」(p.57)となっているのを、むしろ奇異に感じたことがある。
 その他、村上健司『妖怪事典』(毎日新聞社2000)は、「イネンビ(遺念火)」という名でこれを収め、「沖縄では亡霊のことを遺念とよび、遺念が火となって一定の場所を往復するのを遺念火という」(p.44)と述べている。しかし、別称の「いんね火」は出てこない。そこで、沖縄の怪異を蒐集した新屋敷幸繁『琉球の妖怪・幽霊』(沖縄風土社1971)を見てみると、「中城男の遺念火」(pp.100-05)という話が出て来るが、ルビがないから、これはそのまま「いねんび」と読むのだろう。「いんね火」という別称はやはり見えない。
 さて水木前掲には、「『因縁火』などとも書く」とある。これを信じるとすれば、「いんねんび」は「因縁火」に由来するもので、「いんね火」は「いねん火」の音位顚倒 metathesis (ex.「あらたし」>「あたらし」、「さんさか」「さんざか」>「さざんか」、「しだらない」>「だらしない」)ではなく、「いんねん火」のつづまったもの、という可能性もある。
 『画集』は豪人画を再収録するにあたって、「いんね火」を「遺念火(いねんび)」(pp.22-23)と改めているのだが、「いんね火」の出どころは、もう少していねいに調べてみたほうがよいかもしれない。

石原豪人 妖怪画集

石原豪人 妖怪画集

日本妖怪図鑑―カラー版 (ビッグジャガーズ)

日本妖怪図鑑―カラー版 (ビッグジャガーズ)

世界妖怪図鑑―カラー版 (ビッグジャガーズ)

世界妖怪図鑑―カラー版 (ビッグジャガーズ)

図説 日本妖怪大全 (講談社+α文庫)

図説 日本妖怪大全 (講談社+α文庫)

妖怪事典

妖怪事典

*1:どちらかというと、『世界』よりも『日本』のほうが豪人作品を多く収めている。もちろん豪人作品でないのも多々ある。たとえば柳柊二作品。

*2:幼いころ見ていたのはジャガーバックス版ではなく、ソフトカバーのビッグジャガーズ版のほうだが。近所の本屋の児童書コーナーに普通に置かれていたのが、現在となっては驚くべきことである。