獅子文六の「ちくま文庫」デビューを寿ぐ

 最近うれしくおもった出来事のひとつは、獅子文六『コーヒーと恋愛』が、ちくま文庫に入ったことである。『大番』(小学館文庫)以来、三年ぶりの文六作品の刊行だ。しかもついに、文六先生の「ちくま文庫」デビュー、なのである(ことしは、獅子文六生誕120年にあたる*1)。
 角川文庫版の『コーヒーと恋愛』、新潮社版(単行本版)『可否道』はすでに持っているのだが、やはり、買わずにはいられなかった。
 ちくま文庫版は、「著作権者の了解のもと書名を『コーヒーと恋愛』とし」たとの由。個人的には、もとの題名『可否道』での復刊が望ましいとはおもうが、『可否道』のままでは、「茶道」をもじった「コーヒー道」であることが伝わりにくいので、やむなくそうしたのであろう。
 また、ちくま文庫版には、「『可否道』を終えて」が附録としてついている(初出:昭和三十八年五月二十四日付「読売新聞」)。この「『可否道』を終えて」は、『随筆 町ッ子』(雪華社1964)にも収録されている(pp.148-51、初出は示さず)が、送り仮名など若干の異同がある。どちらが初出に近いのか。全集版は手許にないので、いまは確かめられない。
 ちなみに『町ッ子』の装釘は、単行本の『箱根山』『可否道』等とおなじく芹沢ケイ介*2が手がけており、坂崎重盛『粋人粋筆探訪』(芸術新聞社2013) p.199 で書影が見られるが、残念ながらモノクロ版。カラーはここで見られる。
 さてこの坂崎著、「加藤大介」(p.197)という誤記(正しくは「加東大介」)があったりするのが惜しいけれども、とりわけ次の文章にははたと膝を打った。

 では文六の文章が「粋人粋筆」系か、と問われれば、「まさしく、その通り!」と答えるのは、ちょっとためらわれる。ユーモラスではあるが、その味はどちらかといえば苦い。
 町ッ子的な洒脱さはあるが軟派の道楽者というには理知的であり、背すじがシャンとしすぎている。皮肉屋的なところもある。エスプリあふれる小噺を語ることはあっても、きわどいエロ噺に興じるようなタイプではない。(pp.202-03)

 まさしく、その通り! なるほど、言いえて妙というか、「背すじがシャンとしすぎている」など、表現しにくいことを、うまく言い尽くしてくれているとおもう。

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 文六先生の名は、最近、『アンソロジー カレーライス!!』(PARCO出版2013)でも目にした。これはその名のとおり、作家や評論家の「カレーライス」にまつわる文章を多数収めた本。ところどころにカレーライスの写真がはさまれていて、紙がカレーよろしく黄みを帯びているという遊び心も楽しく、食欲をそそられる一冊。
 ここに、獅子文六『食味歳時記』(文春文庫、中公文庫等*3)の「議論」が採られているのである(pp.91-100)。この文章は、「食通という語を信ぜず、強いて、そんなものになろうとすれば、不幸の道を歩くことになると、考える」云々(p.100)、と結ばれているにもかかわらず、巻末の「著者略歴」には、「食通としても知られ」(p.236)などと書かれているのが、少し可笑しい。

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 また、山本芳明『カネと文学―日本近代文学の経済史』(新潮選書2013)をパラパラやっていると、文六先生の名が目に飛びこんできたのであわてて読み直すと、

和田は、木々高太郎獅子文六とが共闘を組んで、「四百字一枚、五円以上の稿料でないと書かない」と主張したエピソード(略)を語っている。(p.179)

という箇所で、これは、和田芳恵『ひとつの文壇史』からの引用なのであった。講談社文芸文庫版は読んだことがあるのに、まったくおぼえていなかった。
 山本著は、5.12付「朝日新聞」読書欄の「著者に会いたい」で紹介されている。そこで山本氏は、作家の原稿料が高騰したり雑誌が創刊されたりする大正八年(1919)年を「転換点」とみる云々、と同書のテーマについて語っている。
 そういえば故・前田愛は、作家が脚光を浴びるようになるのは「関東大震災(1923年)前後」のことではないか、と述べていた。やや長くなるが、以下に引用しておく。

作家が日のあたる場所に出はじめた時期は、一つは関東大震災前後が考えられるのじゃないでしょうか。あのころ新聞の日曜版が独立したような趣きで写真の多い、たとえば『アサヒグラフ』のようなグラフ雑誌が出ますが、そのなかで文士の家庭とか文士の会合とかがニュースとしてとり上げられています。これが、作家が日のあたる場所に出てきた最初の兆候じゃないかと思いますが、一方で婦人雑誌が急激に部数を拡張するのが大正時代です。その婦人雑誌の目玉商品になるのが、当時は連載小説なんですね。久米正雄とか菊池寛などが書くことで、雑誌の部数がぐんと増える。原稿料も菊池寛の場合、婦人雑誌では一枚三十円とか三十五円とか、いまのお金に直したら考えられないくらいの高額を払っています。ですから文士の収入も、ここで急に上がるのですね。しかもすぐあとに円本ブームがくるわけで、作家が一種の成金になって、一般の市民よりも自由な生活がゆるされる状況になる。その結果、作家の動静が珍奇な見世物のように関心をもたれて、各種の誌面をにぎわせることになるのですね。そういうのが第一段階で、次が第二次大戦後だという気がします。
加藤秀俊前田愛『明治メディア考』河出書房新社2008〔新装版〕pp.49-50)

 ちなみに山本氏によれば、戦後はもちろん、戦中の昭和十四〜十八年ころにも「出版インフレーション」が起こったといい、その状況を、伊藤整の日記などから読み解いている(前掲、第六章)。

粋人粋筆探訪

粋人粋筆探訪

カネと文学―日本近代文学の経済史 (新潮選書)

カネと文学―日本近代文学の経済史 (新潮選書)

明治メディア考

明治メディア考

*1:さらに、『コーヒーと恋愛』の刊行後五十年にあたる。

*2:「ケイ」は金偏に「圭」。

*3:原題は『飲み食ひの話』。