ミステリー文学資料館編になる、光文社文庫のアンソロジー。今回は待ちに待った「名探偵」シリーズ。今月刊行の第一弾は、『幻の名探偵』である。
海野十三の「麻雀殺人事件」も収録されている。この短篇自体は知らなかったが、作中に帆村荘六(ほむらそうろく)探偵が出て来る。『幻の名探偵』に登場する探偵(吉塚亮吉、黄木陽平など)のなかでは、わりと知られているほうだろう。
「帆村荘六」というのは、「シャーロック・ホームズ」のもじり*1。長篇『蠅男』で特に知られる。この作品はかつて講談社大衆文学館に入っていて、わたしが読んだのもこの一作だけだ。
帆村探偵について、『幻の名探偵』所収「解説」(山前譲)には次のようにある。
その(帆村荘六の―引用者)名はシャーロック・ホームズをもじったものだろうが、変幻自在の名探偵だ。生みの親が日本SFの父と言われる海野十三だけに、当初は理化学トリックの犯罪やSF的事件によく遭遇している。初登場作「麻雀殺人事件」(一九三一)で“目下売出しの青年探偵”と紹介され、つづく「省線電車の射撃手」(一九三一)では本職の傍らに素人探偵をやっているとあるが、登場作が多いわりには人となりは詳らかではない。
「爬虫館事件」(一九三二)、「赤外線男」(一九三三)、「点眼器殺人事件」(一九三四)といった短編や大胆な密室殺人の『蠅男』(一九三七)に登場したあと、戦時中は軍事探偵として活躍した。少年もののSFにも登場しているし、戦後の「断層顔」(一九四七)で三十年後の未来に飛んでいた。(中略)(海野十三は―引用者)木々高太郎、大下宇陀児とリレーで書いた「風間光枝探偵日記シリーズ」(一九三九−四〇)や「風間美千子シリーズ」(一九四一)にも帆村荘六を登場させた。(pp.324-25)
デビュー作「麻雀殺人事件」も、やはり化学的な知識が必要とされる事件であった。プロパビリティ重視で説明のやや苦しい部分もあるが、ラストの帆村の閃きは文字どおりの「心理試験」で、おもしろく読んだ。
さてこの帆村荘六、フジがドラマ化(放送日は未定?)して話題となった、芦辺拓の中篇「明智小五郎対金田一耕助」にもちらと紹介されている。芦辺氏のマニアとしての側面が遺憾なく発揮されている箇所だとおもうので、引用しておく。
実はこのころ(昭和十二年頃―引用者)、大阪では(横溝正史の『蝶々殺人事件』以外に―引用者)もう一つ派手な事件があった。それは手塚山あたりに住む奇人科学者の館から半焼け死体が発見されたことに端を発するもので、ラジオ製造で財をなした富豪が天下茶屋の自邸で完全密室の状況下に殺害され、続いて事件の担当検事の目前で検事正が血祭りにあげられるなど、文字通り人間離れした復讐鬼による凶行が繰り返される。その間、富豪の令嬢が誘拐されるわ、なぜか探偵が宝塚新温泉で一服していたら有馬温泉までオート三輪で犯人を追っかけるはめになったりするわの大騒ぎ。その果てに、新世界と天王寺公園一帯に大捕物陣が布かれ、大活劇と相成る――。
もっとも、この『蠅男』事件については率直なところ、
(まあ、これは帆村荘六君ならではの事件だな)
というのが感想で、確かにそうとしか言いようがなかった。明智(小五郎―引用者)もずいぶんいろんな怪人と戦ってきたが、手足が着脱可能の電気仕掛けだったり、腕が機関銃になっていたりという手合いは願い下げにしたかった。
(芦辺拓「明智小五郎対金田一耕助」『金田一耕助VS明智小五郎』角川文庫2013:15-6)
これはいわゆる「パスティーシュ小説」なのだが、たとえば、ロンドン留学中の夏目漱石がシャーロック・ホームズと推理対決をする「黄色い下宿人」(山田風太郎)のように、作品同士で(ないし人物の行動上)矛盾が生じないように工夫が凝らしてある。そのことは、「あとがき――あるいは好事家のためのノートRemix」を読んでみるとよく分る。なお、角川文庫版*2では新たに「金田一耕助対明智小五郎」が書き下されており、しかも杉本一文氏の装画、黒背でかつ「よ5-201」(「よ」は横溝正史の「よ」!)に分類されているあたり、かなり凝っている。
『金田一耕助VS明智小五郎』所収の作品では、「屋根裏の乱歩者」も面白かった。「新感覚派映画聯盟」の衣笠貞之助、片岡鉄兵、若き日の円谷英二などが活躍する「乱歩小説」。
ちなみに「新感覚派映画聯盟」はもとの名を「衣笠映画聯盟」*3という。参考までに、成立事情について触れた文章を引いておく。
マキノプロダクションにあって、マキノ映画の主流に同調できず、乱闘に終始する時代劇にあき足らないで、古くは「恋」「桐の雨」「心中宵待草」(大正一四年)などの抒情映画を監督し、主流派と対蹠的な立場にいただけに、映画界に対する覇気と前進を常に抱いていた衣笠貞之助は、劇界の風雲児沢田正二郎や、市川猿之助らの主演映画に力量を見せた頃から、密かに自主独立の機会を待っていた。四社聯盟とプロダクション聯盟が抗争し、阪妻プロダクションが松竹と提携して、二つの聯盟がこのためつぶれ、再び自由製作の道が拓けて来た大正一五年四月、好機至れりとした衣笠は、マキノを退いて衣笠映画聯盟の創設を実現し、多年抱懐していた理想の第一着手にかかった。題材は猿之助映画「日輪」で知り合った新感覚派文学同盟の横光利一、川端康成らの応援を得、製作機構は松竹キネマの白井信太郎から提供を受けた。
(田中純一郎『日本映画発達史2―無声からトーキーへ』中公文庫1976:65-66)
-
- -
「これが最後だ」のコピーでも有名。わたしは3度観た。このテーマ曲を聴くと、幾分寂しげなラスト――病院坂で立ち止まって振り返る石坂金田一の姿――をおもい出す。
- 作者: ミステリー文学資料館
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2013/05/14
- メディア: 文庫
- この商品を含むブログ (2件) を見る
- 作者: 海野十三
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1996/02
- メディア: 文庫
- クリック: 3回
- この商品を含むブログ (3件) を見る
- 作者: 芦辺拓,杉本一文
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2013/03/23
- メディア: 文庫
- この商品を含むブログ (9件) を見る
- 作者: 田中純一郎
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 1976/01/10
- メディア: 文庫
- この商品を含むブログを見る