愛すべき「B級妖怪本」の話

 今月3日、『水木しげる漫画大全集』第一期(講談社)の刊行がはじまった。つつがなく全巻が刊行されると、百巻をゆうに超えるという。
 また先月28日には、『ゲゲゲの鬼太郎 TVアニメDVDマガジン』(講談社)も刊行されはじめた。
 しかも今夏は、三井記念美術館で「大妖怪展―鬼と妖怪そしてゲゲゲ―」も開催される予定だし、まさに「水木イヤー」というべき一年になりそうだ。
 このブログでたびたび書いたこともあるが、わたしは、「妖怪」を愛している。
 そうなったきっかけは、1985年から放送されていたアニメ版「ゲゲゲの鬼太郎」(第三期)をリアルタイムで見たことにある。これは文字どおり「お化け番組」だった。土曜のゴールデンタイムに放送され、視聴率が30%を超えた回もあるという。その後も、1990年代、2000年代と、鬼太郎は何度かリメイクされたが、わたしにとっての鬼太郎は、やはり80年代の第三期である。ユメコという新キャラクターも出てきて、これは長らくわたしの理想の女の子であった*1
 (名古屋に住んでいた頃だから)1987年あたりだったか、水木氏が確か愛知の犬山に来て、色紙に一所懸命サインしている姿を興奮しながら見守っていたことがある。
 同じころ、特撮ヒーローシリーズもよく見ていたので(東映メタルヒーロー戦隊ものなど)、怪獣図鑑も眺めていたけれど、一番のお気に入りはやはり妖怪図鑑だった。漢字は読めなくても、妖怪の絵を飽かずに眺めていたので、まあ、変な子供だったのだろう。
 1986年夏、帰省先の熊本で通院していた耳鼻科内の小さな読書コーナーの本棚最上段に、ポプラ社の「少年探偵団」シリーズ(全46巻)が置いてあって、その第二巻『妖怪博士』の背文字が読めた。5歳で「妖怪」という文字が読めるくらいだから、よほど好きだったのだ。「これは妖怪の本(図鑑か何か)に違いない」と早合点したわたしは、看護婦さんに頼んで取ってもらい、まず表紙絵の怖さに感動し、はやる気持をおさえつつページを開いたが、挿絵がおもったよりも少なく、しかもルビなしの読めない漢字が多いので、ひどく残念に感じたことであった。はやく自力で本を読めるようになりたいという意欲は、そこで培われたのだろう*2
 さて妖怪本のほうは、当然のことながら水木しげるの本が入りくちだった。商店街の角にあった小さな本屋(昔ながらの頑固なおばあさんが店番をしていた)で、小学館入門シリーズの一冊『妖怪100物語』を買ってもらったのが最初である。「影女」の回が特に恐ろしかった。
 それから、同じ本屋や星が丘の「三越」内の本屋で、『妖怪なんでも入門』、『妖怪世界編入門』、『世界の妖怪100話』、『妖怪クイズ大百科』、『鬼太郎大百科』、『鬼太郎』(「水虎」の話などを収める)、『鬼太郎の天国・地獄入門』*3、『妖怪おもしろ大図解』……と水木氏の入門シリーズを買い揃えてゆき、これらはいずれも重版だったが、『妖怪博士入門』が小学2年生の頃だったかに出たのをすぐに買ってもらった。記憶に頼って書くが(いまは書庫に置いてあるので)、『妖怪なんでも入門』のまえがきに、水木氏が「妖怪をあじわう」と書いており、「あじわう」という言葉をそこで覚えたりしたものだ。それから、たしか『妖怪博士入門』のカラー口絵にミスがあった。「レプラコーン(レプレカーン)」というのが別の妖怪の名前と入れ替わっていたのである。本には誤植や誤記がつきものだという事実も、そこで知った。
 こうして小学館入門シリーズ*4は大体そろえた。
 「本格的」(?)な妖怪図鑑となると、小学館コロタン文庫の竹内義和聖咲奇『世界の妖怪全(オール)百科』が最初で、「ヴィー」という妖怪もそれで知った。このヴィーが、実は『Вий(Vij)』というロシア映画(日本でDVD化もされている)に出て来るモンスターだったと知ったのははるか後のことだ*5
 次いで佐藤有文『妖怪大全科』(秋田書店)や佐藤有文『妖怪大図鑑』(小学館ビッグコロタン)を買い、佐藤氏を知った(「ビッグコロタン」は、「コロタン文庫」をひとまわり大きくしたサイズの本)。『妖怪大全科』には、「投げすて魔人」だとか「どくろ天使」だとか、典拠の怪しいモンスターも入っていた。『西遊記』に出て来る妖怪についてやたら詳しく解説していたのもこの本で、夏目雅子の『西遊記』をリアルタイムで見られなかったわたしにとっては、この本と『ドラえもん のび太のパラレル西遊記』とが、『西遊記』に親しむきっかけを与えてくれた。
 ただ佐藤著は、カラー口絵の「食人鬼グール(ゴール)」に、フランシス・デ・ゴヤの「わが子を食らうサトゥルヌス」の絵を使っているなど、いいかげんな部分はたくさんあったが、妖怪にますますのめりこむようになったのは、佐藤氏の本のおかげ(のせい?)である。
 ついでに。『大全科』の口絵にはユニコーンが紹介されていて、これがフランス国立クリュニー中世美術館所蔵の《貴婦人と一角獣》タピスリーのうちの一枚、「視覚」を司るとされるものの写真だと知ったのも、ずいぶん後になってからだ。このタピスリーは、現在、国立美術館で公開されている(七月末以降には大阪で公開)。『芸術新潮』の五月号だったかも特集を組んでいた。
 それから少し後の話になるが、ナガオカ入門シリーズ(永岡書店)の草川隆『幽霊と妖怪の世界』で、「かさね」(オリジナルの圓朝真景累ヶ淵』を読んだのは学部生時)や松本城の怪異を知った*6
 1991〜92年のことである。中岡俊哉氏の『大妖怪伝説』(日本の妖怪図鑑)、『大怪奇ミステリーゾーン』(世界の妖怪図鑑)、『恐怖吸血鬼の謎』が、もともとは白背だったのが黒背で新装復刊されたおり、こづかいで買いあつめて行った*7。いずれも、サラブックス(新書判)より小さいミニ・サラシリーズの一冊で、各390円と、価格もお手頃だった。これらはかつて(1970年代)、「フタミのなんでも大博士」シリーズ(ケイブンシャの大百科シリーズに体裁が似ていた)に入っていたらしいが、リアルタイムでは見ていない。ただし、「ミニ・サラ」に入らなかった「なんでも大博士」の一冊『世界の幽霊大図鑑』は、古書市で拾ったのを持っている。石原豪人柳柊二南村喬之などがイラストを手がけていた。
 中岡氏は、ミステリー系の読みものを多数編んでおり、「BRUTUS」(6月1日号)の「コレ欲しい、アレ集めたい。」コーナーで、黒田明宏氏が紹介している(p.77)。中岡氏のピコピコブックスも確か二冊持っていた。「BRUTUS」の書影に見覚えがある。
 その少し後、「世界怪奇スリラー全集」と、「世界怪奇ミステリー全集」とが(いずれも秋田書店)新装復刊され、地元の小さな本屋に並んだときは驚喜した。旧版との大きな違いは、函入でなくなったことで、カバーもついた。特に前者「スリラー全集」が気に入り、『世界の魔術・妖術』、『世界のモンスター』、『世界の謎と恐怖』、『世界の怪奇スリラー』など、妖怪や怖い話にかかわりのありそうなところを、徐々に揃えて行った。
 『世界の魔術・妖術』は中岡氏が書いており、「ズー」という『妖怪世界編入門』(水木氏)にも出て来る妖怪が紹介されていた。また山内重昭『世界のモンスター』には、斎藤守弘氏による妖怪・モンスターの紹介コーナーがあって、水木しげるの本でお馴染みの「がしゃどくろ」*8、佐藤氏の妖怪本でお馴染みの「モズマ」(裏返し妖怪!)が早くも登場している。
 そしてついに1993年頃。佐藤有文の伝説的妖怪本、『いちばんくわしい日本妖怪図鑑』『いちばんくわしい世界妖怪図鑑』が新装復刊されたことを知った。立風書房の「ジャガーバックス」がもとの叢書名だが、ハードカバーがソフトカバーになり、その名も「ビッグジャガーズ」となった。石原豪人(くびれ鬼、首かじり!)、柳柊二(悪魔サタン、影くらい!)といった画家名に親しめたのは、この本を読みこんでいたからである。
 このビッグジャガーズでオリジナルとして編まれたのが、佐藤有文『悪魔王国の秘密』。タイトルどおり、悪魔王国の組織図をかなり詳しく解説している。ちなみに表紙絵が、秋吉巒による、一度見たら忘れられないもので、すぐ後に佐藤有文『妖怪大図鑑』のカラー口絵にも流用された。
 1970年代の缺落を埋めるようになったのは、ずっと後のことで、古本屋めぐりやネット古書肆を知ってからである。南條武『完全図解 妖怪ミステリー』『完全図解 世界の妖怪図鑑』(有紀書房)などは、まだ妖怪本が高騰していないときに古本で買った。
 「ぼくら」の附録の「妖怪図鑑」も、ひょんなことから入手がかなったやや珍しい妖怪本だ。京極夏彦氏が『妖怪の理 妖怪の檻』(角川書店2007,のち角川文庫2011)で、「油すまし」の描かれ方を論じた際に利用していた記憶が有る。
 今野圓輔『幽霊・お化け・妖怪』(集英社モンキー文庫)はタッチの差で逃した妖怪本。わりと廉価で出ていたのだが、買おうか買うまいか迷っているうちに逃してしまった。ほかにも、佐藤氏の初期の妖怪本や、ドラゴンブックス、雑誌附録の類など、入手しにくい愛すべきB級妖怪本*9は枚挙に遑がないが、そこまではちょっと手が出せないでいる(古書価の高騰している本も少なからずある)。

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 鬼太郎のDVDマガジンは、第一期と第二期のアニメを全話収めるという。
 創刊号のDVD収録(第二期)第二話「妖怪反物」は、中国妖怪チーの出て来る話。第三期では劇場版となり(四期以降はレギュラー回に戻った)、チーの配下の妖怪たちの名前も記されるようになった。そのうちの「画皮」は、『世界の妖怪100話』にたしか出てきたが、蒲松齢『聊斎志異』収録話にもとづくものであることは間違いあるまい(四冊本の角川文庫柴田天馬訳だと第四巻pp.113-120。カラー口絵にも登場)。

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 『ろくろ首の首はなぜ伸びるのか』『妖怪を科学する!』などの著作がある武村政春氏も相当な妖怪好きである。近著『新しいウイルス入門』(講談社ブルーバックス)のカバー袖プロフィルの「趣味」に、まっさきに「書物の蒐集」を挙げておられたので、親しみを感じたものである。

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 以下、拙ブログ内の妖怪関連記事をいくつか。
(1)「典拠のある妖怪・ない妖怪
※「レプラコーン(レプレカーン)」、「のっぺらぼう」について書いた。つけ加えておくと、上田都史『現代妖怪学入門』(大陸書房1974)は、「ノッペラボウ」には三種あると論じている(pp.237-38)。なお日本随筆大成本『嬉遊笑覧』(S.4)巻三「化物繪」の表記は、「ぬつへらほう」となっていた(上巻p.359)。
(2)「こわい話、おそろしい話
※妖怪話ではないが、ここに挙げたブッツァーティの「七階」が、先月ついに岩波文庫に入った。脇功訳『七人の使者・神を見た犬 他十三篇』。その前の月には、脇功訳『タタール人の砂漠』も岩波文庫入りした。
(3)「いんね火
※「いんね火」か、「いねん火」か、はたまた「いんねん火」か。
(4)「岩波文庫でよむ柳多留
※「鎌鼬」について書いた。
(5)「怪談牡丹燈籠
(6)「タイトルなし
※典拠のあやしい「ズウー」(ズー)の話を少し。
(7)「出雲といえば
※狐信仰、稲荷信仰のことなど。ここに挙げた小松和彦先生(近著に『「伝説」はなぜ生まれたか』角川学芸出版、がある)の『憑霊信仰論』は妖怪研究のバイブル。たとえば「護法信仰論覚書」は、『枕草子』を材料にして、「物怪調伏」のプロセスで「護法」や「憑坐(よりまし)」、「夢」がどう関わってくるかを考察した論考。「式神」と「護法」とが混同されるようになる過程がおもしろい。著者解題には、「その筋の専門家たちからはまったく無視されているが、今でも私はその指摘が正しいものであったと確信している」とある。また「山姥をめぐって」は、柳田國男による「妖怪=神の零落」説を批判しつつ、「山姥」をひとつの例として、「《神》と《鬼》との間をダイナミックに振動する生きた〈妖怪〉」の姿を見いだす。つまり〈妖怪〉とは、《一系的妖怪進化説》によって解釈できるものではなく、つねにプラスマイナスの両義性をおびた存在だ、というわけである。それから「器物の妖怪」では、中世における商工業の発達が、古来のアニミズムと結びついたことを解き明かす。
(8)「ろくろ首のはなし
※のちに入手した、児島正長『秉燭或問珍』(天・地)―いわゆる「或問」形式の書―は、「釜鳴」について「怪しきを見てあやしまざればあやしみかへつて破るとかや、心に恐れてあやしめばそれに感じて妖をなすと知べし」(濁点の一部、読点は引用者)と迷信説を採る一方で、「轆轤首」(ここでは飛頭蛮をさす)については、実在を疑うこともなく、「食を求(め)、水を飲んがためなり。全く人を恨て他の閨に通ふにあらず」と解している。
(9)「岩波文庫で『杜子春』を楽しむ
(10)「春雨物語

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 以下、「これから出る本」(6月下期号)で見たが、まだチェックしていないもの。常光徹『妖怪の通り道―俗信の想像力』(吉川弘文館)、伊藤清司著/古代中国研究会編『中国の神獣・悪鬼たち―山海経の世界〔増補改訂版〕』(東方書店)。
 『山海経』は、簡便なものとしては平凡社ライブラリー版があるが、学者(および好事家)向けの本として、馬昌儀『古本山海經圖説』(山東画報2001)という研究書がある。これは10種のテクストから図版を採っているが、さらに6種のテクスト(日本の『怪奇鳥獣図巻』も含む)を追加して図版を充実させたのが、『〔増訂珍蔵本〕古本山海經圖説(上・下)』(広西師範大学出版社2007)である。

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 最近、均一棚で拾った「妖怪本」は、磯清『民俗怪異篇』(磯部甲陽堂1927)。「日本民俗叢書」の一冊で、東雅夫氏が何処かで書名を挙げていたと記憶する。近年は、東氏のちくま文庫の文豪シリーズが毎夏の楽しみであったが、それが完結したあと、平凡社ライブラリーから、文豪怪異小品集の『おばけずき』『百鬼園百物語』が出ている。

妖怪大全科―決定版 (大全科シリーズ)

妖怪大全科―決定版 (大全科シリーズ)

妖怪大図鑑 (ビッグコロタン)

妖怪大図鑑 (ビッグコロタン)

大妖怪伝説―大人を恐がらせる (ミニ・サラ)

大妖怪伝説―大人を恐がらせる (ミニ・サラ)

憑霊信仰論 妖怪研究への試み (講談社学術文庫)

憑霊信仰論 妖怪研究への試み (講談社学術文庫)

*1:その後、小学生になってから、「悪魔くん」もリメイクされ、やはり土曜夜に放送されていた。十二使徒の名前を必死に憶えたものである。

*2:ポプラ社のこの46巻シリーズは、8歳の誕生日にまず2冊買ってもらい(それは忘れもしない、『妖怪博士』と『幽鬼の塔』とであった)、それから少しずつ蒐めて小学4年生の誕生日に「コンプリート」した。真新しい木製の本棚に46冊を収めて、寝床から眺めていた夜のことをなつかしくおもい出す。

*3:この一冊のみ、熊本市龍田で購った。

*4:このシリーズは、21世紀に入って、ソフトカバーでタイトルを変えるなどして復刊された。

*5:この動画(http://www.youtube.com/watch?v=AjyqXSSaOt4)の3分50秒あたりに出て来る。ただし、『世界の妖怪全百科』には一つ目で描かれている。

*6:つい最近(二年前)のことだが、古書市で山田野理夫・文/小原剛太郎・絵『信濃化けもの秘録』(ナカザワ)300円を入手し、草川著に出て来る記述や妖怪名とかなりの割合で一致していることがわかったので、二冊は影響関係にあるのだろう(残念ながら『信濃〜』には奥附刊記がなく、どちらが先に出たのか分らない)。

*7:そう云えば、『大妖怪伝説』で知った新種妖怪が「耳女」(おそらくは中岡氏の創作であろう)だった。

*8:今夏の大妖怪展で、もとになった国芳「相馬古内裏」と一緒に出展される由。先日出た、にほんの歴史★楽会編『江戸の怪談』(静山社文庫)の表紙絵がこれだ。

*9:A級妖怪本のような顔をしていても、実はB級妖怪本だということもある。たとえば、山田野理夫(佐々木喜善の本を再編したり、キリシタン小説集を編纂したりもしている)『東北怪談の旅』とか。