山川均・賀川豊彦・内田魯庵・有島生馬・堀保子ほか/大杉豊解説『新編 大杉栄追想』(土曜社2013)を読んでいる。「改造」一九二三年十一月号の特集「大杉栄追想」を「全編収録した」もので、執筆者は他に、山崎今朝弥、安成二郎、土岐善麿、馬場孤蝶、久米正雄など。
さて、その安成二郎「かたみの灰皿を前に」に、次の様なくだりが有る。
西洋の煙草盆とでもいうのか、灰皿と、巻煙草を立てておく容器と、それらを載せる盆と、チューリップの模様のある硬質陶器の三つ揃いを、私は彼(大杉栄―引用者)のかたみとしてもらった。(略)
野枝さんのかたみの支那扇は妻がもらった。支那の芝居の絵らしい絵のある扇だ。いつか野枝さんが私の家に遊びに来たとき、「逆輸入じゃありませんか」と、それをとって見ながら言うと、誰とかが買ってきたのだから、本物だと言ったが、たぶん大杉がフランスからの帰りのお土産でもあろうか。そのとき野枝さんの言った買ってきた人の名前は私の耳に残らなかった。
珈琲をつぶす器具が、も一つ私の家にかたみに贈られた。彼らは自分の家庭の珈琲が自慢であった。
「こんな美味いやつはどこへ行ったって飲めないだろう」と大杉が言った。
地震で銀座がなくなってからも、彼が一度そういうので、
「銀座がないからね」と私が言うと、「ナニ、銀座があったって飲めはしないよ」と彼は言った。が、彼らの珈琲は私には味が少しうすかった。(pp.28-29)
文中の「珈琲をつぶす器具」のことは、福田久賀男『探書五十年』(不二出版1999)のなかにも出て来る。
大杉栄のフランス土産の珈琲挽きでひいた珈琲をご馳走になったことがある。数年前のこと――。
「豊葦原瑞穂の国に生れ来て米が食へぬとは嘘のよな話」の名歌を残して昨年(一九七四年)亡くなった、大杉の親友で歌人のY氏のお宅でである。
隣室から豆を挽く音に交り、機械の軋む音が聞えて来る。「相当時代がかった代物だな」等と失礼な憶測をしていたら、珈琲と一緒に件の挽き機が運ばれて来た。「これ、大杉のフランス土産でねー」恭々しく手にとり、ガッシリしたその鉄製の機械を拝見に及んだが、この時オヤと思ったのである。何と、メイド・イン・ジャパンと銘打たれているではないか。さすがにそれは口に出せず、その儘になってしまった。その後も屢々Y氏を訪ねる機会に恵まれ、何回かこのいわれのある珈琲挽きでの珈琲を出された覚えがある。勿論、初めの一度だけで、二度目からは直接道具拝見の栄に浴する事はなかった。(「大杉栄のフランス土産」p.68)
「Y氏」が安成二郎をさしているのは明らかである。しかし、安成がイニシャルで書かれるのはこの文章のみ。福田著pp.65-67には「安成二郎先生のこと」なる文章が収められているし、同pp.77-80「大杉栄の漢詩」にも、安成は実名で書かれている。
ついでにいうと、後者の「大杉栄の漢詩」も面白い。福田氏は、安成から大杉の形見の白扇を貰い受けるのだが、それには、「燭涙落時民涙落、歌声高処怨声高、大杉栄」とペン書きされている。その漢詩が、大杉の自作か否か、というので問題となる。現在だと、ネット等を活用すれば調べがついてしまうことではあるが、福田氏は偶然その「答え」を見つけるのである*1。
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『探書五十年』は、内堀弘氏の新著『古本の時間』(晶文社2013)でも紹介されていた。当該箇所も引いておこう。
福田久賀男さんの遺著となった『探書五十年』(不二出版・一九九九年)は、どこから読んでも飽きることがない。私は福田さんが専門にしていた大正文学研究のことはよくわからないけれど、でも、雨の日も風の日も、古本屋を歩き、古書展に並んで、この人が出会おうとした本や、思いがけず出会った本の話が面白くてならない。無駄をいとおしむその豊かさが、そのまま人柄となっていた。(「書物の鬼」p.206)
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