「富士崎放江『褻語』」への補足。
『説文解字』が「也」字を女陰の象形と見ていたことについては、前掲の記事でのべた。繰り返しになるが、『褻語』によれば、平賀源内も「也」字を女陰の義で用いたらしい。
しかし、白石和良『取るに足らぬ中国噺』(文春新書2002)によると、中国本土では古来、「也=女陰」説のほか、「也」字を「它」(タ。毒蛇)の異体と見る説と、「匜」(イ。はんぞう、水器)の象形と見る説とがあったという。後者の立場には、『六書正譌』を引く『康煕字典』などがある。該説を採るなら、「也」が助辞に転用された(つまり假借用法)ため、水器の義を担う字として「匜」が新造されたということになる。これはたとえば、「莫」-「暮」や「然」-「燃」の関係と同断である。
白石氏は、「(『康煕字典』が)欽定の字典であることから、性に関する記述を忌避したためということはないようである。(略)性に関連した字も採用しているからである」(p.35)と注意深くのべた上で、段玉裁も「也=女陰」説を採ることに言及する。
一方、我が国では、加藤常賢・山田勝美が「它」の異体説、藤堂明保が「さそりの象形」説、白川静が「匜」の象形説を採るが(白石著)、 白石氏自身が何らかの結論を出しているわけではない。ちなみに、最近出た加納喜光『漢字語源語義辞典』(東京堂出版2014)を見ると、「ヘビを描いた図形。(略)它と也を同字とする高田忠周と容庚の説がよい」(p.1239)とあり、藤堂説は襲っていない。ここに「容庚の説」とあるのは、『金文編』(白石氏も触れている)にみえる説をさすのであろう。
なお、樋口銅牛も“「也」=「它」の異体”説を採っており、その舌鋒は鋭い。
(「也」が)蛇(ダ、ヘビ)の字の原形たる事は何人にも異論はない。(略)「世界文字學」に、也は女陰の象で、此に土を加へて地といふ字を作り、天の陽に對して土の陰たるを示すとあるのは御念の入つた珍説である。女の字も女陰。也の字も女陰。女陰に象どつて製した字が二形あるのか。岩戸神樂の初めより女ならでは夜の明けぬ國は我豐葦原の瑞穗の國ばかりでなく、漢土も左樣で御座るかナ。扨も御目出たい事ぢや。成程「也」は女陰也。象形に從ふ。とは説文にも説いて居るが、地の字には唯土に從ふ。也の聲。としか説いて居ない。而して説文に「也」は女陰也と説いたのは許愼(略)の牽強説で顧みるに足らぬ愚説である。
(樋口勇夫『漢字襍話』郁文舎ほか1910:115-16)
文中の「世界文字學」とは、ここで触れたとおり、高橋龍雄の著作。
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丸木砂土・本山荻舟・矢野目源一・宮尾しげを・吉田機司・石黒敬七・峰岸義一/内外タイムス社編『第一 粋人酔筆』(住吉書店1955)に、「呂の字」という文章が収められていた(担当は吉田)。一部を引く。
頴原退蔵(ママ)博士の研究によると、相当のことが書いてある古事記や日本書記(ママ)や万葉集にも、接吻のことはなさそうで、日本の文献にはじめて見えるのは土佐日記だそうだ。
江戸の俳諧に、
寝物語ついくちくちの鹿の声 松意
というのがある。江戸時代には、接吻のことを「口口」とも言った。
天保三年の「老楼志」には、
「汲はそのとき一言もものいわず、存分に呂の字尽して、半七が耳元へきかす息ざしに秘伝ある処と見給うべし」
とあるから、「呂の字」とも言ったらしい。呂は古くから中国では接吻のことであるが、字の形から見てまことにユーモァがある。やはり字の国である。(p.100)
「古くから中国では……」とあるが、実例を挙げてほしかった。
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