バンツマよ、再び

気になる新刊は数あれど

高橋治*2『純情無頼―小説 阪東妻三郎』(文春文庫)

純情無頼―小説阪東妻三郎 (文春文庫)
2005.2.10第一刷。単行本は、2002年2月文藝春秋刊。『オール讀物』1988年4月号から9月号に連載(ただし7、8月号は除く)されたものに、大幅な加筆をほどこしたもの。巻末に、高橋治と田村高廣の対談「純情無頼『二代』」を収める(『本の話』平成十四年三月号)。著者の高橋治さんは、小津安二郎の『東京物語』(1953)で助監督をつとめ、『彼女だけが知っている』(1960)で監督デビューしました。その後、並行して脚本も執筆していましたが、1965年に松竹を退社し、本格的な執筆活動にはいりました。
私は、高橋氏の小説はまだ読んだことがないのですが、『絢爛たる影絵―小津安二郎*3講談社)を読んで感動し、それが小津の「評伝」となっているうえに、「映画批評」にもなっていることに驚かされもしたわけです。
ところで現在、高橋氏は『日本経済新聞』日曜版に、「ひと模様 映画模様」という連載記事を書いており、私はこれを読むのを楽しみのひとつとしています。
その第一回目(2005.1.9付)の冒頭で高橋氏は、

これは私が映画について語る最後のものになるかも知れない。だから、出来るだけ誇張なしに書いて行きたい。どっぷり映画に漬かっていた青年時代から、現在の映画を観てどう考えているかなども、可能な限り事実に沿って書くつもりでいる。

と、この文章を相当な「覚悟」をもって書いていくことを宣言しています。ですから私も、片言隻句もゆるがせにするまいという「覚悟」をもってこれを読んでいます。
さて、先月文庫オチした『純情無頼―小説 阪東妻三郎』。これがまた面白かった。「小説」を冠しているのですが、それはたぶん、会話やディテールを再構成しているからそうことわっているだけのことで、実質的には「評伝」であるといえます。この本には、大別すると四つの魅力があります。
第一に、役者としての、また一個人としての「阪東妻三郎」論。とりわけ、彼の役柄に徹しようとする姿が凄絶にえがかれています。

阪妻には演ずる役によって人柄から性格まで変ってしまうようなところがあった。それほど完全な変身を遂げないと、思う通りの演技が出来ない俳優だったのだ。
無法松を演じている時は、撮影所が終ると、玄関を敬遠しわざわざ台所に廻って自宅に上り、板の間に胡坐をかいて茶碗酒をひっかけた。坂田三吉を演じた時は、誰彼の見境いなしに縁台将棋を挑んだ。(p.57)

第二に、『絢爛たる影絵』にも見られる、卓越した人物評の数々。これはもちろん、映画製作にたずさわった者でなければ(もちろん慧眼も必要だけれども)、書けない類のものです。

溝口(健二―引用者)は日本映画を代表する監督の一人として、傲然と肩を聳やかして生きた人だったが、内面には小心で臆病な別人のようなものを抱えていた。(p.65)

木下(恵介―引用者)は威張るような男ではない。しかし、主張すべきことは主張する。それでいて、物いいは優しい。その分、肩を怒らせたがる監督を嫌った。(p.99)
木下学校という呼び方があったくらいで、木下は新人の才能を発見し、育て上げることでは無類の人である。(p.136)

第三に、ときおり挟みこまれる絶妙かつ辛辣な演劇評。

喜劇の芸は、笑わそうと俳優が試みれば試みるほど、下衆きわまるものになる。その意味で、滑る、転ぶ、顔を歪める、俳優が先に笑うの四種が、演技としては最低のものだろう。
その四種しか出来ないで、演技賞まで貰ってしまう映画俳優がいるのだから、日本は有難い国である。(p.114)

そして最後に―もちろんこれがもっとも重要なのですが―、それらを総合したうえでの個々の分析。著者は、映画を「観る」側であり、また同時に「つくる」側でもあったから、たいへん説得力があります。
本書でとくに印象的なのは、「阪東妻三郎」という役者(あるいは現象)を考察するためのキーワードを探り当てていく場面です。著者は、「純情無頼」のほかに「徒労」*4を見出し、そして最後に、「未完」を帰納的に導き出します。この過程が、実にお見事。本書を読み終えたとき、阪東妻三郎がいかに不世出の役者であったのかということが、ほんとうによく分ります。
さて明日は、映画『雄呂血』(1925)について書きます。

*1:2002年に刊行されたものの改訂新版。

*2:この「高」は、常にハシゴ高になっています。

*3:1982年の作品で、1985年に文庫オチ(文春文庫)したのですが、長らく絶版になっていました。そして2003年、小津の生誕百年にさいして復活しました。

*4:田村高廣と著者の会話のなか(具体的にいうと、ふたりで『雄呂血』の主題を探りだす場面)に登場します。