泉鏡花に「酸漿(ほおずき)」という作品があるのを知ったのは、いまから21~22年前のことで、或る文学研究者の方*1に教えていただいたのである。必ずしも鏡花についての話が主眼ではなかったものの、とりわけ印象に残ったのが、「酸漿」に関する話柄なのだった。
その後、「酸漿」のことがずっと気にかかりつつも、作品自体には触れられぬまま、時だけが過ぎていった。
どうもそれまで文庫本には入ったことがないらしいと知るに至り、当該作品をおさめた全集本の端本がないか、ほうぼうの古書肆を探し廻ったが、これがなかなか見つからない。一括で売りに出されている鏡花全集や、別の巻の端本は、むろん何度となく見かけた。揃いの鏡花全集は、懐具合からして入手することかなわず、幾度も断念していた。個人全集の値崩れは、置き場所に困ると云った日本の住宅事情も与ってか、それは酷いもので、なかには投売り状態のものもあったが、鏡花全集などはやはりそれなりの需要があるらしく、数万円は下らなかった。
図書館で借りればそれですむ話ではないか――と、きっとそう思われることだろう。しかしこちらも半ば意地で、どうでも自分で手に入れて読みたかったのである。
するうち、澁澤龍彦が「鏡花の魅力」(中央公論社版「日本の文学」第四巻〈尾崎紅葉・泉鏡花〉付録、1969.1)で、三島由紀夫に対して次の様に語っているのを目にして、もう殆どこれは筋を言ってしまっている訣だが、それでもますます読みたくなった。
澁澤 (略)鏡花は病気(について)だって書いていますね。この当時肺病はものすごく恐かったですもんね。気持悪いのは「酸漿」という小説。芸者が病院に見舞いに行った帰りの電車の中で、汚ない婆がホオズキをグチャグチャやっていたんで、慌てて降りる。それからそば屋へ入って、天ぷらそばを一口スッと吸ったら、ホオズキがその中に入っていたという幻覚を見て、呑んじゃったつもりになって、家へ帰って来てからガーッと吐くんです。それ喀血なんです。それで喀血するたんびに、ああホオズキが出た、ああいい気持と言いながら……。
三島 ああ恐い(笑)。
(澁澤龍彦『三島由紀夫おぼえがき』中公文庫1986*2:175-76)
またその後、嵐山光三郎(昨年11月に亡くなった)による以下の文章を読んで、いっそう「酸漿」のことが気にかかるようになった。
鏡花の小説に『酸漿(ほおずき)』という作品がある。芸者が病院へ見舞いに行った帰りの電車のなかで、汚い老婆(ろうば)に会う。その老婆がホオズキをぐちゃぐちゃかんでいるのを見て、気味が悪くなって電車を降り、蕎麦(そば)屋へ入って天ぷら蕎麦を一口すすると、蕎麦のなかにホオズキが入っている幻覚に襲われる。ホオズキを呑(の)みこんだ気になって、家へ帰って吐くのである。それは、じつは喀血(かっけつ)であり、喀血するたびに、ああホオズキが出たと思うようになる。
これを「狂想」と見るか「美しき奇想」と見るかは人によりけりだが、鏡花は、喀血する人を見て「ホオズキだ」と想像したのではなく、ホオズキを見て、そこに喀血を想像したはずである。鏡花の病理は、日常のささいな事物に恐怖世界をかいま見る。そこには鮮烈に噴射する死の影がある。口にするものへの恐怖は、日常の現象を、まるで違う冥界(めいかい)へ引きずりこむ。
(「泉鏡花――ホオズキ」『文人悪食〈ぶんじんあくじき〉』新潮文庫2000*3←マガジンハウス1997:103-04)
嵐山も書いているのだが、鏡花の極度の潔癖症は有名な話である。「酸漿」もまた異界を描いた小説であると同時に、鏡花のそういった性格が色濃く反映された小説でもあることが、このくだりからもよく知られる。
嵐山の文章に触れてから、たしか3~4年経った頃であったか、国書刊行会から澁澤龍彦がかつて選び抜いた鏡花の作品群が四冊本に編まれて刊行されるということを、或る記事で知った。選集は、どうやら「鏡花没後80年記念出版」と銘打たれて出るらしかった。
当該の記事は、具体的な収録作品にまでは言及していなかったのだが、あるいは「酸漿」も選ばれているのではないか、という期待は大いに高まったことだった。
そして2019年の秋。近くの本屋で、函入りの瀟洒な『澁澤龍彦 泉鏡花セレクション1 龍蜂集』(国書刊行会)を手に取ったときの悦びは今でも忘れられない。
函から出すのももどかしい思いで抜き取って、さっそく目次を確認してみると、果して「酸漿」は、「山吹」「星あかり」「清心庵」につづく4番目の作品として収録されていたのだった。
それをいそいそと入手して帰って来るなり、恰も渇を癒すかの如く、その日のうちに「酸漿」を二読三読し、大いに満足したのである*4。
4年後の2023年には、東雅夫氏編になる「文豪怪異小品シリーズ」の第十二弾として、『龍潭譚(りゅうたんだん)/白鬼女物語―鏡花怪異小品集』(平凡社ライブラリー)が刊行された。当該のシリーズに鏡花が択ばれるのはこれで二度目(一冊目はシリーズ第一弾の『おばけずき―鏡花怪異小品集』)であったが、『龍潭譚/白鬼女物語』は鏡花生誕150年を記念するかたちで出たのだった。この本の第二部「女怪幻妖譜」の冒頭にも、「酸漿」が収録されている(pp.137-50)。「酸漿」を初めて手軽な形で読めるようにしたという意義は大きい。
その「編者解説」では東氏も、
今回の編纂の眼目は二つある。
一つは、澁澤龍彦鐘愛(ママ)の小傑作「龍潭譚」、そして不朽の名作「高野聖」に結実を見る鏡花の初期習作群――すなわち〈龍潭譚の系譜〉を、史上初めて文庫本サイズで集大成すること。
いま一つは、鏡花作品を何より特色づける〈幻想と怪奇〉の物語を、膨大な小品群の中から、新たに拾い蒐めること。(p.404)
と書いており、「酸漿」のほかにも、当該の選集によって初めて文庫本サイズで読めるようになった鏡花作品は少なくないので、この一冊は重宝している。
「龍潭譚」は、澁澤鍾愛の鏡花作品とうたわれるとおり、澁澤龍彦編になるアンソロジー『暗黒のメルヘン』(立風書房1971)の劈頭を飾る作品でもある。『暗黒のメルヘン』は1998年に文庫化(河出文庫)され、しばらく版元品切だったが、昨年新装版として復刊されている。
礒崎純一氏は、『幻想文学怪人偉人列伝――国書刊行会編集長の回想』(筑摩書房2026)で、「私自身も澁澤の小さな水先案内によって鏡花文学の迷宮へ参入したくちだけれども、私の同世代(礒崎氏は1959年生れ―引用者)のひとたちに鏡花の読書体験について聞くと、異口同音に『暗黒のメルヘン』の書名が出てくる」(p.10)と述べている。礒崎氏よりも一世代下ではあるが、わたしもやはり、『暗黒のメルヘン』によって初めて「龍潭譚」に触れたくちで、爾来、少くとも3度はこの作品を読んでいる。
澁澤は『暗黒のメルヘン』の「編者後記」で、次の如く書いている。
「龍潭譚」は鏡花の初期(明治二十九年)の短篇であるが、早くも後年の傑作「高野聖」の主題――すなわち、いずことも知れぬ仙境に魔性の美女が住んでいるという、きわめて浪漫主義的な主題――が現われているという点で、とくに私の愛惜する作である。(略)
私たちが子供の頃にしばしば聞かされた、神隠しという恐怖と魅惑の入り混った俗信(もっとも、今ではこんな俗信も廃れているだろうが)を、浪漫主義文学の永遠の主題である詩的無何有郷に造形した「龍潭譚」は、鏡花の詩精神の最も美しく結晶した小傑作として読まれるべきであろう。(河出文庫版2025:464-65)
「龍潭譚」は、元号が令和に改まった現在もなお愛されつづけている作品で、2020年10月3日~11月15日には、武藤良子氏の挿絵入りで、「北陸中日新聞」土日版に14回にわたって連載された。翌2021年の6月、うち挿絵9点が描き改められ、箱・表紙・見返し画も武藤氏によって描かれた『龍潭譚』が、金沢の龜鳴屋から刊行されている(限定458部のシリアルナンバー入り。別冊「新聞挿絵集」附き)。
ところで、『龍蜂集』をはじめとする国書刊行会の「澁澤龍彦 泉鏡花セレクション」の売りは、澁澤が選び抜いた鏡花作品を集成したことに止まらず、山尾悠子氏が解説を書いていること、そして装釘・装画が小村雪岱によるもの、という点にもある。帯には、「美の司祭四人の饗宴」と大書されていて、この惹句は、決して大げさなものではない。
鏡花と雪岱とのかかわりあいに就いては、東雅夫『怪奇の文芸、妖美な絵画――文豪たちと画家たち』(角川書店2025)の第二章「泉鏡花と小村雪岱」(初出は「怪と幽」誌)が参考になる。装釘家としての雪岱の出世作となったのが、まさに鏡花の『日本橋』であったと云い、雪岱の画学校の同級生が「龍潭譚」を暗誦していた挿話なども紹介されている(pp.29-30)。またp.36には、「澁澤龍彦 泉鏡花セレクション」の見返しの挿画がカラー写真で紹介されている。
『日本橋』といえば、堀江敏幸『定形外郵便』(新潮文庫2025←新潮社2021)の「隠れ身の術」(pp.231-34)も一読忘れがたいものがある。
(鏡花『日本橋』の―引用者)真上に投げあげる扇の映像はいかにも鮮やかで、舞台や映画の一場面を連想させずにおかない。この小説の装丁で一躍世に知られるようになった雪岱は、すでに高い評価を得ていた舞台美術に加えて、一九三五年、島津保次郎監督『春琴抄 お琴と佐助』で、現地取材にもとづくセットの考案から時代考証のすべてを担当した。平面における空間の把握に長けた雪岱の絵や装丁は、泉鏡花のこうした場面との親近性が高い。舞台装置や映画のセットは「どこまでも俳優の演技を助けるもので、舞台やセットが俳優の演技を押しのけて、観客の前にのさばるべきものではない。それは文字通り背景であるべきだと私は常に考へてゐる」(『日本橋檜物町』平凡社ライブラリー)と雪岱は言う。自身は活字の裏に消えている。消えながらその存在を確実に伝えている。私は消し方そのものにどうしても雪岱の色を観てしまうのだが、鏡花の小説の最後の場面が装丁からきれいに省かれているのは隠れ身の術だろう。(pp.233-34)
雪岱というと、昨年末、山田俊幸監修/永山多貴子・大平奈緒子・谷口朋子編著『小村雪岱 デザイン大鑑』(国書刊行会)が刊行されたことも特筆すべきであろう。鏡花との関係でいえば、「第一章 雪岱ゑがく―水の風景」*5には鏡花本の装釘や装画がおさめてあるし、また「第三章 雪岱 本づくり」には泉鏡花『日本橋』(pp.46-51)などの書物が取りあげられているし(冒頭に永山氏の「鏡花本と雪岱デザイン」を収む)、「論考1」として西川氏の「鏡花と雪岱」も収載している(pp.78-79)。
監修者の山田氏は、同書の完成を見ることなく一昨年の秋に亡くなったそうだが、「はじめに 雪岱デザイン」では、「雪岱が表舞台に出ることとなった最初の装幀本である泉鏡花の『日本橋』(大正三年)は、いまだ十分な雪岱式とはならず、橋口五葉の春陽堂刊などの影響を強く受けていますが、その後、一気に雪岱式を完成させます」(p.7)と書き遺している。
なお、上記の「鏡花本と雪岱デザイン」で永山氏は次の如く述べる。
(鏡花は―引用者)古典文学にも裏打ちされた幻想性に富む「譚(ものがたり)」の創造を貫く。そこには日本の気候風土に根ざした水にまつわるモティーフが繰り返し描かれ、鏡花文学の基調をなすとみなされている。とすれば、水性である木版刷りと鏡花作品は、親和性の高い出会いを果たしたと言える。果たして雪岱の手がけた木版装幀は、湿潤豊麗たる鏡花の幻想世界をみごとなまでに具現化することになった。(p.44)
鏡花作品にみられる「水にまつわるモティーフ」について、はじめて本格に論じたのは種村季弘だとされる。その種村の「水中花変幻」、「水辺の女」などといった鏡花論を歿後に集成したのが、種村季弘『水の迷宮』(国書刊行会2020)である。
冒頭におさめられた「水中花変幻」(初出は『別冊現代詩手帖 泉鏡花 妖美と幻想の魔術師』思潮社1972)はその代表作と云われるもので、ともすれば失敗作と看做されがちだった鏡花「瓜の涙」の大半を占める山行描写を、「歩を進めるごとに水底世界に退行変容していく」過程だと喝破し、物語末尾で「ついに現在を液状に溶解して大洋的退行の果ての原風景を現像せしめ」た、と論じるくだりが実に小気味よい。
このように見てくるなら、リアリズムの観点からは破綻をきたしていると思われるこの小品は、歩行の単調な催眠的リズムによって徐々に水中的な入眠状態に陥り、水をくぐって花開く水中花のように、極彩色の絵草子的見世場という夢の時間に達する、無意志的想起の巧緻を凝らした記述とさえいえるのではあるまいか。(p.10)
そしてまた、この『水の迷宮』の造本がすばらしい。装釘、表見返し、裏見返しとも、『鏡花選集』(春陽堂1915)に採用された雪岱のデザイン(『小村雪岱 デザイン大鑑』pp.52-53に収む)をそのまま用いているのである。
















































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