ふたたび『競輪上人行状記』

 過日、約8年ぶりで西村昭五郎『競輪上人行状記』(1963日活)を観た。前回は「日本映画専門チャンネル」の「ハイビジョンで甦る日の当らない名作」枠でかかっていたのを録画して鑑賞したのだが、はからずも主演を務めた小沢昭一を追悼するという形になってしまった。今回は、ちょうど西村昭五郎監督の誕生日に、そうとは知らずに観たのだった。のむみちさんの「名画座手帳2021」の1月18日條にメモをしておこうと思って披いたところ、西村の誕生日であることが示されていて驚いた*1、という次第なのだ。しかし、この間に西村は亡くなってしまったし(2017年歿)、主要登場人物を演じた加藤武も亡くなった(2015年歿)。
 8年前は鑑賞後に、

 おそるべき大傑作。原作は寺内大吉による。脚本は、大西信行今村昌平。いかにも今村らしいカラーに満ちた作品だ。とにかく、小沢昭一の鬼気迫る演技に注目。単に落魄の身となるのではなく、したたかさを持って「競輪上人」となり果ててゆくくだり。そして圧巻はラストの広長舌。
 春道(小沢)をその道に引きずりこんでゆく葬儀屋の色川=加藤武、競馬ぐるいの渡辺美佐子……。あくの強い役者が揃い、人間の慾、エゴ、ふてぶてしさ、汚らしさなどが有り体に描かれる。

などと書いたのだが、基本的にこの感想にかわりはない。「おそるべき大傑作」という言辞も、大袈裟ではなく、その通りだと考える。前回も思ったことだったが、ラストで小沢が広長舌をふるうモブ・シーンは、おそらくエキストラを殆ど使っていない。偶々そこに居合せたと思しい二、三人の男性が、カメラの存在に気づいた様子で笑みを見せているからだ。
 また前回、オープニング・クレジットとラストとで流れる黛敏郎の音楽について、「どことなく、ベルリオーズ幻想交響曲』の第5楽章「ワルプルギスの夜の夢」をおもわせる」と書いたが、改めて聴きなおしてみると、テーマが完全に「ワルプルギスの夜の夢」(「魔女の夜宴の夢」とも)と一致しているので、むしろこれを編曲したもの、といえそうだ。
 それから、小沢がつまずいて地面に倒れる場面で、眼の前にちょうど犬の死骸があってヒエッとなる展開は、これまた大傑作の川島雄三幕末太陽傳』(1957日活)で(こちらはこれまでに少くとも5度は観た)、貸本屋金造(アバ金)=小沢が水の中から出て来ると猫の死骸を抱いているのに気づいてウワッとなるという、例のシーンのオマージュでもあるだろう。ちなみにこの猫の死骸は「本物」であったということを、麻生芳伸編『落語特選(下)』(ちくま文庫2000)の解説で小沢本人が明かしている。

 私の役は「品川心中」の貸本屋の金蔵(ママ)。ウスバカですが人がよくて、品川遊廓ではかつて売れっ妓だったけど、今は落ち目で金に困っているお染に、一緒に心中しようともちかけられ、二人で裏の品川の海へ出ます。桟橋の先で、ちょっとためらっている金蔵は、お染にドンと突かれてドブン。お染も続いて飛び込もうとしますが、その時、「番町の旦那が金をこさえてきた。もう死ぬこたァないよ」と妓楼の若い衆の声に、「金ちゃん、わるいねえ」とお染はクルリ引き返していくのです。海へ落ちた金蔵、しかし品川の海は遠浅で足が立ちました。映画では金蔵が猫の死骸を抱いて海から出てくるところでフェイドアウトです。
 撮影所で小道具さんがずっと飼っていた猫の死骸を抱くとは、私、あまりいい気分はしませんでしたが、好きな落語の世界の人物を演じてまことに楽しく、忘れられない映画です。『幕末太陽伝』は、軽妙洒脱なユーモアと味わい深い諷刺、そして文明批評のこめられた川島監督ならではの一級の喜劇作品となりました。(小沢昭一「落語と私」『ちくま文庫解説傑作集』非売品2006:46-47)

 『競輪上人行状記』の犬の死骸の方は果してどうであったか。
 さて、この作品を観なおしていて、面白い、と思ったシーンがある。それは、頭を丸めた春道(小沢)と嫂役の南田洋子とが対峙する場面で、ここでは南田の口から重要な真実が明かされるのだが、まずはカメラが会話する二人をクロースアップ気味に捉え、右へ左へとせわしなくパンして発話者をフォローする。ところが小沢がその真実を知った後は、ミディアムショットになって、今度はカメラが切り返し(いわゆるショット・リバースショット)に転換する。二人の関係が親密なものから対立するものへと変わってゆく過程を巧みに表現しているように感じたのであった。
 小沢昭一といえば、先日、石原裕次郎が長期休養を経たあと*2の復帰第一作、中平康『あいつと私』(1961日活)も約14年ぶりに(石原プロの解散を意識したわけではないが)観た。この作品で石原と(同じ学生役として!)共演していた小沢と吉行和子とが、今度は生徒と教師役(小学校の先生で、小沢に英語を教える)として共演することになった春原政久『英語に弱い男 東は東西は西』(1962日活)*3と、それから春原政久『猫が変じて虎になる』(1962日活)とについては、もう一度観てみたい、と思っているのだけれど、なかなかその機会に恵まれずにいる。

競輪上人行状記 [DVD]

競輪上人行状記 [DVD]

  • 発売日: 2013/05/02
  • メディア: DVD

*1:ちなみにこの日は、三益愛子、田中重雄の命日でもあるようだ。

*2:スキー場での複雑骨折で、8箇月間休養していた。関川夏央『昭和が明るかった頃』(文藝春秋2002)によれば、「すでに二十六歳になっていた彼(石原)の最後の学生役の仕事だった」(p.116)という。

*3:小沢が吉行から英語を教わるシーンは、まさに捧腹絶倒だった。このタイトルから、つい、『あいつと私』主題歌(作詞は谷川俊太郎)の「あいつはあいつオレはオレ」を聯想してしまうのだ。