高倉みゆきは「貞操」の夢を見たか

曇り。
北原保雄『達人の日本語』(文春文庫)を半分ほど読む。今のところ、いちばん面白く読んだのは、「辞書の話」。そういえば、おととい買った出久根達郎『あらいざらい本の話』(河出書房新社)に、出久根氏による『明鏡携帯版』発刊記念アンケートの回答が載っていた。他の識者の回答は、ここで読める。
昼、土居通芳貞操の嵐』(1958,新東宝)を観た。メロドラマ。
さすがは新東宝八木橋武彦(細川俊夫)が曽根百合(高倉みゆき)の貞操を奪うシーンの演出が安っぽい。しかし、それがまたいい。江川宇禮雄の悪役ぶりも堂に入っている。また、久保菜穂子とか三ツ矢歌子とかがたいして目立たないのだけれど(むしろ、子役の二木てるみが印象的である)、その代わり(と言ってはナンだが)、ヒロイン・高倉みゆきの魅力を存分に味わうことの出来る作品に仕上がっている。大蔵某の、いわゆる「妾」発言以降、端役に甘んぜざるを得なかった高倉の「その後」を想うとき、我々はあらためて新東宝の損失の大きさを知るのである。彼女は、もっと活躍してほしかった女優のひとりだ。
冒頭から、明るいなかにも不穏な空気を漂わせる。原因は、弟・八木橋稔(高島忠夫)とあまりにも対照的な、兄・武彦(細川)の「眼」である。カメラが何度も視点を切り替えるあたりで、「何か」が起こることを予感させる。
原作は、『毎日新聞』に連載されていたらしい牧逸馬の『七つの海』。清水宏がかつて『七つの海(前後篇=処女篇・貞操篇)』と題して映画化しているが(1931)、筋がずいぶん異なっているようだ(これは未見)。
牧逸馬の世界怪奇実話 (光文社文庫)
長谷川海太郎の「牧逸馬」名義の作品は、島田荘司編『牧逸馬の世界怪奇実話』(光文社文庫)でしか読んだことがないので(教養文庫版は手にとったことさえない)、恥ずかしながら、牧逸馬が家庭小説や通俗小説も手がけていたことは知らなかった。海外ミステリの翻案ものと、「怪奇実話」に代表されるようなノンフィクションしか書いていないと勝手に思い込んでいたのである。しかし、いま『丹下左膳(一)』(光文社文庫)の解説(縄田一男)を読むと、「更には海外ミステリーの翻訳や『世界怪奇実話』(光文社文庫)、或いは『この太陽』『第七の海』等の通俗小説を牧逸馬として発表」(p.734)云々とあることに気づいた(『第七の海』というのは、『七つの海』と『第七の天』の混同か)。うーむ、しかしいずれも入手困難なものばかりだ。戦前版の『一人三人全集』(新潮社)にもそれなりの値がついているようだ。
ところで、この記事を書いた後に知ったのだが、『読書感想文』というブログでは、『七つの海』の一部がテキスト化されている