遅れてきた名画

七人の侍』(1954,東宝

七人の侍 [DVD]
監督:黒澤明、監督助手:堀川弘通廣澤榮ほか、脚本:黒澤明橋本忍小国英雄、撮影:中井朝一
ずいぶん以前に観て、観たことすら忘れかけていましたから、これが一回目の鑑賞ということになります。一昨年は、NHKの『武蔵』がこれをパクッたとかで話題になりました。確かに似ています。
徹底したリアリズムを追求した結果でしょうが、戦闘シーンはいうまでもなく、農民の武士に対する態度の変わりようも辛辣に描いています。
志村喬(勘兵衛)と、宮口精二(久蔵)が抜群に格好良い(ところで宮口さんは、ダメ男を演じても天才的で、たとえば今井正にごりえ』のダメ男ぶりを見るがよい)。

しかしながら、この『七人の侍』、封切られた時代が時代なだけに、正当に評価されるまでに時間がかかってしまいました。実に悲しむべきことです。それはたとえば、ドナルド・リチーさんが、

批評家たちは、この映画が本当は山中や溝口の系列に入るものだと了解していながら、ほとんど意図的に誤解した。その中の一人は、黒澤が貧しい農民を非難するのは民主的でないと苦情を言い、もう一人は、黒澤は農民は救う価値がないと言った、と不平を述べた。(三木宮彦訳『増補 黒澤明の映画』教養文庫,p.297-298)

と書いているとおりです。
小林信彦さんも、西村雄一郎さんの〈訳のわからない時代だった。私が好きでたまらなかった黒澤明の映画は、否定的な意味で、保守的、権威的、家父長的と決めつけられ、黒澤明を好きだと表明することは、かなりの勇気が必要であった〉という告白を引いて、次のように述べておられます。

そう、一九六〇年代後半、七〇年代初めは、そういう狂った時代だった。
(『本は寝ころんで』文春文庫,1997 p.66)

また小林氏は、佐藤忠男さんの黒澤論を「日本人による唯一まともな」評論であるとしながらも、「『七人の侍』と『天国と地獄』に対して否定的なのが困る」(同,p.67)と書いておられます。それを踏まえて、さらに「黒澤明論はいくつかあるが、〈絶対に〉というものがない」(p.67)とも書いておられます。
ところがこの後、小林氏は『出会いがしらのハッピー・デイズ』(文春文庫,2004)の中で、

堀川弘通氏の「評伝 黒澤明」(毎日新聞社)は、もっとも適任な人が、こまかいデータにもとづいて、冷静に〈等身大の黒澤明〉を描いたすぐれた伝記である。あまりの面白さに二度読んで、そう思った。黒澤明に関する本はいくらでもあるが、故人の肌ざわりまで感じさせる本はこれだけである。(p.241-242。二〇〇〇年の記事)

と書いているのです。私がこれを目にしたときは、すでに『評伝 黒澤明』は文庫おちしていた(ちくま文庫)ので、さっそく買いました。
ちなみに小林氏は、『七人の侍』を観るのに絶対におすすめの一冊がある―と述べて、廣澤榮さんの『日本映画の時代』(現在は、岩波現代文庫に入っている)も挙げておられました。これもいずれ買おうとおもっています。