ハリー・フーディーニ

ゾウを消せ----天才マジシャンたちの黄金時代
ジム・ステインメイヤー著 飯泉恵美子訳『ゾウを消せ―天才マジシャンたちの黄金時代』(河出書房新社)を時々開いては少しずつ読んでいる。この本の実質的な主人公はハリー・フーディーニだから、やはりフーディーニを論じたくだりが一番おもしろい。
心霊主義の話題もちょっと出て来るから、前半にはフォックス姉妹とかダヴェンポート兄弟とかも登場する。余談だが、アーサー・コナン・ドイル心霊主義に傾倒していた、というシャーロッキアン(一部?)のあまり言及したがらない事実があるが、荒俣宏荒俣宏の20世紀世界ミステリー遺産』(集英社)は、「コティングレーの妖精写真」(pp.300-09)でシャーロッキアン協会の会長にインタヴューをしている。
しかし『ゾウを消せ』を読むとよく分るのだが、「ペッパーの幽霊」とかマスケリンの自動人形「サイコ」とかいった奇術が、心霊主義者たちによい口実を与えていたとしか思えないのだ(たとえばマスケリンの片腕だったジョン・アルジャノン・クラークは、『ブリタニカ大百科事典』第九版で「白魔術」の項を担当しているにも拘らず、特許の問題に触れたくないせいか、「サイコ」の動力源は不明、などと空とぼけている。これでは余計な誤解を招いてしまう)。だから面白い、とも言えるわけだけれど。
興行師たちの映画史 エクスプロイテーション・フィルム全史
さて柳下毅一郎氏は、労作『興行師たちの映画史―エクスプロイテーション・フィルム全史』(青土社)で、フーディーニとドイルの親交にすこし触れている。柳下氏は、『氷原より激流へ』(1920)という作品に、懐疑主義を表明しながらもドイルの信念を不問に付そうとするフーディーニの態度をみていたけれど、ステインメイヤーの『ゾウを消せ』によれば、「一九二四年に出版した『マジシャンと心霊主義』で、彼(フーディーニ―引用者)はフォックス姉妹をはじめインチキ霊媒をことごとく非難し、片棒をかつぐ人物、たとえば昔は仲のよかったアーサー・コナン・ドイル卿のようなだまされやすい人物を物笑いの種にした」(pp.93-94)のだそうで、四年の間に彼のスタンスがやや変っていたことが知られる。しかし、「降霊術」のダヴェンポート兄弟のことは何故か晩年まで擁護していたらしく、その著書に「心霊主義者のような振りをしたことはない」と書いているのが意外といえば意外だ。
また柳下氏は、フーディーニの「正しい後継者」として、バスター・キートン(これはまあ分る。その名付け親はフーディーニだった、という伝説もあるくらいだから)とオーソン・ウェルズ(これはやや意外だった。フーディーニとの「共通点」はといえば、『市民ケーン』、それからコッホ&ウェルズの『宇宙戦争』くらいしか念頭になかったから*1)の二人を挙げている。ステインメイヤーの本では、ウェルズがフーディーニのラスト・ツアーをシカゴまで見に行ったとき(1926年)のことが記されているのだが、ウェルズは、「それは、ひどい出来だった」と酷評していたのだという。

*1:晩年の作品には思い至らなかったのだ。柳下氏は、『オーソン・ウェルズのフェイク』(1975)をその例として挙げていた。またも世代論に逃げてしまうけれど、私のような八〇年代生れは、「イングリッシュ・アドベンチャー」の声優としての顔を想起してしまうことだろう。