ごぼう抜き

東川端参丁目の備忘録」経由で知ったが、三月に、時枝誠記国語学原論(上)』(岩波文庫)が出るのだそうだ。国語学関係のもので、私が最初に古書肆で購った本がこれなのである。
「続篇」も文庫で出るのだろうか。
源氏鶏太が新刊で出るということにも驚いた(これは河出文庫だそうだ)。
昨晩、成瀬巳喜男『薔薇合戦』(1950)を再見、「百合化粧をゴボウ抜き」という劇中の新聞記事見出しに気がついた。「ゴボウ抜き」という語に関しては、「ゴボウを引き抜くように多くの中から一人ずつ力づく(ママ)で引き抜く意。数人を一気に追い抜く意は誤用」(米川明彦編『日本俗語大辞典』東京堂出版,p.240)等の如く説明されるのがふつうだが、『薔薇合戦』における用例は、いわゆる「ゴボウ抜き人事」を意味するものだ。つまり、「人材を他から引き抜」く(『日本国語大辞典 第二版』)こと。
国広哲弥日本語誤用・慣用小辞典』(講談社現代新書)は、「ゴボウ抜き」について、「数人を一気に追い抜く意」が発生したのはそれなりの根拠があってのものだとするが(pp.72-76)、「ゴボウ抜き人事」という派生用法がいつ頃になって生じたものであるかという問題にはふれていない。先に引用した『日国大』も、派生義を「多くの中から一つずつを勢いよく抜き出すこと。人材を他から引き抜いたり、ピケ隊の人員を検挙や排除のために一人ずつ引き抜いたり、競走などで、数人を一気に抜き去ったりすることなどにいう」とまとめてしまっており、一体どれが古い派生義なのか全く分からない。
ちなみにいうと池田弥三郎『暮らしの中の日本語』、私の持っているのはちくま文庫版(1999)だが*1、これにも「ゴボウ抜き」の「誤用」をとがめる記述がある。たしか「走れコウタロー」の歌詞「いならぶ名馬をごぼう抜き」を引いて非難している。
見坊豪紀三省堂国語辞典 第四版』(三省堂)は、「ごぼうぬき[《牛〈蒡抜き](名)(1)草などの根を、とちゅうで切れないように、勢いよく引きぬくこと。また、そのように引っぱり上げること。(2)デモのすわりこみの中から、目ざす者をひとりずつ、むりやりにつれ去ること。(3)〔人事異動などで〕大ぜいのうちからひとりをむりやり動かすこと。「―人事」(4)〔釣(ツ)りで〕はりにかかったさかなを、一気に引き上げること。(5)一気に何人かの者を走って追いぬくこと」とやや詳しいが、見坊豪紀が「ゴボウ抜き」について書いたものは何かあるのだろうか(所持しているものを幾つか見てみたが、載っていなかった)。

*1:この本は、何度も装いを改めて世に出ている(内容はどれも全く同じものなのだろうか)。まずは1976年に毎日新聞社から出ており、1980年には旺文社文庫入り、さらに1989年には創拓社から復刊されている(池田氏が亡くなったのは1982年)。