白鯨 上 (岩波文庫)
もしいまだ発見されざる美質がわたしのなかにあるとすれば、もしわたしが不当にも希求しているわけではない真の名声を、小さいながら高尚で寡黙な世界において獲得するようなことがあるとすれば、もしまた、なさずに放置しておくより、どちらかといえば、なしたほうがよい何かをわたしが今後なすようなことがあるとすれば、さらにもし、わたしの死にあたって、わが遺言執行人、いや、もっと妥当に言えば借金取りが、わたしの机に貴重な原稿を見つけたりするようなことがあるとすれば、わたしはここで事前に宣言しておくが、そのすべての栄誉と栄光は捕鯨業に帰すべきものである。なぜなら、捕鯨船こそ、わがイェール大学にして、わがハーヴァード大学であるからである。(イシュメール)

ハーマン・メルヴィル 八木敏雄訳『白鯨』(1851)より。