虚実皮膜の間

コミック雑誌なんかいらない!』(1986,ニュー・センチュリー・プロデューサーズ

コミック雑誌なんかいらない デラックス版 [DVD]
監督:滝田洋二郎、製作:多賀英典・内野二郎・岡田裕、プロデューサー:海野義幸、脚本:内田裕也高木功、撮影:志賀葉一、音楽:大野克夫、主な配役:内田裕也(キナメリ)、渡辺えり子(その妻)、麻生祐未(少女)、原田芳雄(プロデューサー)、小松方正(ショウ番組の司会)、殿山泰司(隣の老人)、志水季里子(キナメリを買う女)、常田富士男(警察の人間)、ビートたけし(殺し屋)、スティービー原田(殺し屋の子分)、郷ひろみ(ホスト)、片岡鶴太郎(ホスト)、港雄一(ホスト)、久保新二(ホスト)、桑名正博(バーの客)、安岡力也(バーの客)、篠原勝之(バーの客)、村上里佳子(バーのママ)、小田かおる(レポーター)、片桐はいり(ホストクラブの女)、趙方豪(レポーター志願者)、横澤彪三浦和義逸見政孝、下元史朗、ルパン鈴木、螢雪次朗、しのざきさとみ、桃井かおりおニャン子クラブ、嶋大輔、梨本勝
今をときめく滝田洋二郎の、一般映画進出作品です。主演の内田裕也が脚本も担当しており、エンドロールには彼のサイン入りで、「誰もが取り上げなかったガイキチ映画に参加していただいた皆様に心から感謝いたします」(ママ)という字幕があらわれます。いかにも内田氏らしいというか何というか。
たいへん衝撃的な作品です。国内のみならず、海外(ニューヨーク等)でも話題になったというのも肯けます。内田氏演ずる「突貫」リポーター・キナメリは、「恐縮です」が口癖(であるわりには無神経)で、あらゆる現場に出かけていっては体当りで取材を敢行します。相手に怒鳴られようが殴られようが、「一言だけお願いします」「視聴者を代表してお訊ねしているのです」と無表情でマイクを向ける。その「現場」がものすごい。山口組と一和会の抗争(神戸抗争)の現場、日航ジャンボ機123便墜落の現場、ホストクラブ、外国人少女売春の現場、ピンク映画の撮影現場、松田聖子の自宅(蒲池家)、永野会長宅などなど…。
まず映画の冒頭では、「これから、滝田洋二郎監督、内田裕也脚本・主演作品『コミック雑誌なんかいらない!』を上映いたします」というナレーションが入り、マイクのクロースアップで始まります。つまり「フィクション」「物語」であると予めことわっているのですが、あまりにも現実にそくした話題が多く、非常になまなましい。いま観ても、その生々しさが伝わってくるほどですから、公開時はさぞや衝撃的であったろうと察しられます。当時「ロス疑惑」の渦中にあった三浦和義が「本人」として登場し*1神田正輝松田聖子が結婚し、「夕やけニャンニャン」の撮影スタジオでは国生さゆり吉沢秋絵がインタビューを受け、日航ジャンボ機123便の機影がレーダーから消え*2桃井かおりや嶋大輔の「熱愛発覚」がスクープされる。わけても衝撃的なのは、「永野会長刺殺事件」です。永野一男会長*3を衆人環視の中で刺殺した二人組の男*4を、ビートたけしとスティービー原田が熱演しています。
さて映画は、少女売春の取材に失敗したあたりから、キナメリの内省シーンがしだいに多くなってきて*5、自分自身のレーゾン・デートルを問いはじめます。ラストまぎわの「金城商事事件」では、先物取引のうさんくささにいちはやく気づいていながらも、なす術のないキナメリ。深夜番組のプロデューサーともかけ合うのですが、先方はコマーシャリズム重視を至上命令としているので、取りあってくれません。警察が動いたり、世の耳目を引いたりする事件の下でしか、TVリポーターは自由に動けないわけです。
ちなみに、写真週刊誌のカメラマンでも事情はおなじだったようです。

フォーカス スクープの裏側
3万人から2000億円を騙し取ったという豊田商事事件の被害者は、名古屋、大阪など主として中部地方から関西地方で発生していた。(カメラマンの吉川譲は―引用者)「豊田商事の永野を撮ろう」とデスクの田島に何度も提案していたのに、なかなかゴーサインが出なかったのだ。
(フォーカス編集部編『FOCUS スクープの裏側』新潮社,2001.p.54)

しかも、「TVリポーター」という存在は、ただ「ボードの上を滑って」*6いるだけで、ジャーナリスティックな感覚をもって社会の裏側や事件の真相を剔抉することが、いわば「越権行為」と見なされる。そのために、(カメラではなくて)マイクを持ったキナメリは報道陣から嗤われます。そんなディテールからしても、この映画は「1985年」という地点から、TVリポーターの存在意義、ジャーナリズムのあり方を問うた、実験的でありながらも普遍的なテーマをもった作品になっていることが分ります。
また内田氏の以下のことばも、その証左となっているとおもいます。

フォーカスやフライデーなんかでもたまにバーナード・ショウみたいなことがあるよね。無名の人が書いてんだけど、あれッと思ってニヤッとするよね、ああいうのが中学生も読んでるんだから、いまに片岡義男じゃなくてあの文体(カルチャー)があたり前になっていく。俺がやってるのもそういう事だからね、カタカナもローマ字も入ってくる。猥雑なことをやってるところから本物が生まれてくる気がする浅田彰とか、あの辺ではダメだと思うな。頭いい奴だけど、ポップスであってね。(『毎日グラフ』1986年3月16日号*7

つまり、「猥雑なことをやってるところ」が「1985年」という地点で、「本物」というのがこの作品のメッセージなのではないか―。そうおもうのです。
さらに、ダンプ松本チェッカーズ、FOCUSなど、いかにも「八〇年代」らしい(と私が勝手におもい込んでいる)固有名詞がどんどん登場するのも興味ふかい。チョイ役ながらも、趙方豪小松方正逸見政孝など今は亡き人々、クマさんこと篠原勝之や安岡力也、片桐はいりなど個性的な面々が多数出演しているのもおもしろい。公開から二十年もたてば、貴重な藝能映画としても通用するようになるわけです。
ラストで、永野刺殺の「現場」にただひとり乗り込み*8、まきぞえを食い、はからずも「取材される側」にまわってしまったキナメリは、 “I can’t speak fucking Japanese!”(小汚い日本語なんか喋れるか)と言い放ち、血塗れの手でカメラのレンズを遮ります。エンドロールで、マイクを放り投げるキナメリが印象的です。それは、TVリポーターへの訣別宣言(否定ではありません)であり、また、自己のレーゾン・デートルの発見でもあります。
内田裕也の「主演作品」は、ほかに『十階のモスキート』(1983)しか観たことがありません(出演作品ならいくつか観ています)。機会があれば、『嗚呼! おんなたち 猥歌』(1981)や『水のないプール』(1982)も観てみることにしよう。

*1:1985年9月に逮捕。この逮捕時のシーンが、映画で使われています。1988年10月に別件で逮捕、2003年に無罪確定。「ロス疑惑」は、なぜか高知東生主演で、映画化もされています(未見)。

*2:映画のなかでは、故・逸見政孝さんがこの事故の臨時ニュースを報道しています。実際の現場写真もインサートされています。

*3:ただし、社名の「豊田商事」は「金城商事」となっています。また、金城商事に騙される老人を、殿山泰司が好演しています。

*4:「2人が侵入してから(永野を―引用者)刺殺して出てくるまで約3分、マスコミは写真を撮り続け、しかもテレビカメラでも撮られ報道された。このため、マスコミ各社に「なぜ制止しなかったのか、報道陣は傍観者であっていいのか」と抗議の電話、手紙が殺到した。また、大分県の弁護士は報道陣を「殺人幇助罪」で大阪府警に告発した。外国のメディアも「ニューヨーク・タイムズ」などが「殺人見逃す日本の報道陣」と痛烈に批判した」(「シリーズ20世紀の記憶」(前掲書),p.215.

*5:孤独なTVリポーターの姿を、マウンドに立つピッチャーに譬えるイメージ・シーンは秀逸です。

*6:キナメリの言葉。

*7:「シリーズ20世紀の記憶」(前掲書)p.251より。

*8:もちろん、実際にそんな人はありませんでした。もしも「キナメリ」がいたら…という假定のもとで製作されています。そしてこれが、キナメリなりのケジメのつけ方であったとおもいます。