アイブラウって何

晴れ。
今日は、家でおとなしくしていた。
『洋裝語全集』(婦人畫報 新年號 別册附録)をパラパラと見る。昭和十(1935)年に出たものだ。かなりいいかげんな用語集で、たとえば「リボン」項には「所謂リボンのことです」とあるのみだし、「アット・ホーム」というおよそ洋装語とは縁のなさそうな語まで載っている。が、なかなか面白い辞典ではある。
ところで、その「アイ・ブロウ(Eye-brow)」項の説明は右の如し。「眼を大きく見せるために、まぶたのごくふちのところに細く墨を塗る方法です。又之に使ふ墨をアイ・ブロウと云ひます。俳優が舞臺などに立つ時は大抵之を使ふので遠くから見て眼がパチッと見えるのです。之も他の化粧と同じやうに顔の造作との調和を考へ、時間や場所などを考慮に入れて用ひなければなりません。まぶたのふちの一部分へアイ・ブロウを付け、之をぼかすやうにすると効果的です」。そしてこれには挿絵(女性がアイ・ブロウを付けたもの)も附いているのだが、挿絵からしてこれは「アイ・シヤドウ(Eye-shadow)」の項にあるべきではないかと判断される*1。というのは、その挿絵の女性の瞼ぜんたいが陰影を帯びており、どう考えてもこれは「アイ・ブロウ」ではなく、「眼に深みをもたせるために、まぶたにうすく色をつける方法です。(略)同時に之に使ふ化粧品の名もアイ・シヤドウと云ひます」という「アイ・シヤドウ」の説明に一致しているように思えるからである。
それに、そもそも brow とは「眉」のことであろう。これは「アイ・ブロウ」の語釈自体が誤っているのではないかと思い、まず見坊豪紀ほか『三省堂国語辞典【第五版】』を引いてみた。その「アイブラウ」項に、「アイブラウペンシル」と同義とした上で「まゆをかく、えんぴつに似た道具。アイブロウ」とある。また、『日本国語大辞典【第二版】』(小学館)は「アイブロー ペンシル」項のみ立て、「正しくはアイブラウ ペンシル」と註記を附す。語釈は『三国【五版】』の「アイブラウ」項のそれとほぼ同じ。用例はなし。
婦人家庭百科辞典 上 あ-し (ちくま学芸文庫)
最後に引いたのが、三省堂百科辞書編集部編『婦人家庭百科辞典』(ちくま学芸文庫)。昭和十二(1937)年に出たのを覆刻したものである。この「アイシャドー」項に、なぜか『洋裝語全集』の「アイ・ブロウ」項に描かれていた挿絵が借用されている。いや、借用というのは正確な表現ではないので、摸写したものを使っている、というべきか。とにかく、ほとんど同じ絵が用いられているのに、一方は「アイシャドー」で、もう一方は「アイブラウ」だというのである。おかしい。そこで、『婦人家庭百科辞典』の「アイブロー」項も見てみる。その語釈は右の如し。「黛・睫墨の一種で、眉毛や睫に塗って色を濃くし、艶をもたせ、形を整へるためのもの。脂肪質のものに油煙・黒煙などを煉合せてつくる」云々(執筆者は早見君子)。見てのとおり、『洋裝語全集』における「アイ・ブロウ」の説明とは全く違う。やはり、「アイブラウ(アイブロー)」は読んで字の如く、「まぶた」でなく、「眉毛」に塗るものであるようだ。『洋裝語全集』の語釈は誤解にもとづくものなのだろうか。また、それが誤解であるとすれば、一体何と混同されたのであろうか。

*1:だが、その絵にも「eyebrow」という添書きがある。