学海余滴

晴れ。
朝、瑞穂春海『お景ちゃんと鞍馬先生』(1952,松竹大船)を観た。原作は中野實。『面白倶楽部』に連載されていたものらしい。
今月、衛星劇場の「銀幕の美女シリーズ」がなんと「淡島千景」を特集しており、『自由学校』『美貌と罪』『二つの花』『きんぴら先生とお嬢さん』などを放映する。『お景ちゃん〜』もその一本。淡島千景演ずる梓景子がチャーミングで、「機械のような」生活を強いられるスターの苦悩を見事に表現している。脇を固める日守新一(恐妻家!)や坂本武、望月優子の好演も光る。漫才のような掛合いが所々にあって笑える。
学海余滴
午後、依田学海著 学海余滴研究会編『学海余滴』*1笠間書院)をすこし読む。帯に山口昌男氏と坪内祐三氏の推薦文あり。中山信名、来島恒喜、河鍋暁斎、香取魚彦(楫取魚彦*2)、山崎闇斎川路聖謨、伊藤長胤(東涯)等、等、等、興味をそそられる人物が多数登場する。
昨年まで、依田学海については「『学海日録』の著者」くらいの予備知識しかなくて、kuzanさんに『墨水別墅雑録』(以下『雑録』)なる妾宅日記の存在を教えて頂いた。
その後、坂崎重盛『「秘めごと」礼賛』(文春新書)で、『雑録』についてもう少し詳しく知ることが出来た。故・今井源衛氏(九大名誉教授)が韓国へ客員教授として派遣されたさいに、ソウルの韓国国立中央図書館で発見したのが『雑録』五冊であったという。これは今井氏を校訂者として、吉川弘文館から刊行される運びとはなった(一九八七年)。その三年後に刊行されはじめたのが、『学海日録』である(岩波書店刊,別巻も含めて全十二巻)。

「秘めごと」礼賛 (文春新書)
この『墨水別墅雑録』と『学海日録』の刊行は"事件"だったのだろう。私は、一九九三年「月刊Asahi」の一、二月合併号の特集「日記大全」でこの"事件"を知る。
近代以後の日記という表現形態に多少の興味はあり、雑誌の「日記特集」など、目につけばとりあえず入手していた私は、この「月刊Asahi」の「日記大全」と題された特集のボリュームと質に圧倒され、即購入したのである。
その巻頭対談が山口昌男谷沢永一、司会が山野博史。この人選だけで、内容が期待できる。ここで、学海の日記が取り上げられ、絶賛されていたのだ。しかも、このとき岩波からの『学海日録』は刊行中というタイミング。
坂崎重盛『「秘めごと」礼賛』文春新書,p.102-03)

以下にはその対談の一部が引用されており、山口氏が『雑録』について、「これがあきれるほどおもしろい」と述べていることが知られる。また谷沢氏も、同書について「日記文学というジャンルがあるとすれば、永井荷風の『断腸亭日乗』がトップと決まってたけど、その座を譲りますな」と述べている。
いま私の手許には、O文庫から頂いて来た『学海日録』の月報があって、例えば月報の第三号(第九巻附録,1991.3)には、竹盛天雄氏が、『学海日録』と『雑録』とを引き比べながら「意外にその表情は単純ではなく、かなり屈折した陰翳をおびてくるのを認めないではいられない」と書いている。また月報第十二号(別巻附録,1993.6)では、今井源衛氏が「幸い、これまでのところ本書(『学海日録』―引用者)の評判はなかなか良くて、従来現代の日記の横綱とされてきた『断腸亭日乗』にとって代わるものとする批評家もあるくらいだ」と書いていて、もしかしたらこれは谷沢氏の発言を踏まえているのかもしれない、と思った。もっとも谷沢氏は、『雑録』について云っている(ように見える)のだが。

*1:翻刻。ところで、書名に「余滴」とあることから容易に想像されるように、『学海一滴』五冊があるが、これは未刊。

*2:伊藤仁斎」は一部で「伊東仁斎」と書かれ、「東」字に「ママ」の註記があるが、「香取魚彦」にはなぜか「ママ」註記がない。確かに、下総の「香取郡」出身なのだが。