先日、コロンボ刑事登場第一作のテレビ映画『殺人処方箋』(1968)を見ていると、コロンボ=小池朝雄の科白として、
「腎臓のかたちしたでっかいコーヒーテーブルがでーんとあってね、もう、見るだけでブルっちゃうんです」
というのが出て来た。
「ブルっちゃう」は文字どおり、「恐ろしくてブルブル震えあがってしまう」という状況を表す俗語だが、最近ではとんと聞かない。
道浦俊彦氏は「ことばの話」(2714)で、ケータイのバイブ機能をいう「ブルッた」を取り上げており、その「追記」で、小林信彦『現代〈死語〉ノート2』(岩波新書2000)の「昔は〈怯えている〉の意味だったが」という記述を引いている。小林氏のいう「昔」とは、具体的にいつごろのことをさすのであろうか。
見坊豪紀・飯間浩明ほか編『三省堂国語辞典〔第七版〕』(三省堂2013)は、これを「ぶるう」として立項する。当該箇所には、
ぶる‐う(自五)〔「ブルう」とも書く〕〔俗〕ぶるぶると、ふるえあがる。
とある。
また『日本国語大辞典〔第二版〕』(小学館2001-02)も同様に、
ぶる‐う ぶるふ《自ワ五(ハ四)》(「ぶるぶる」の「ぶる」の動詞化)ふるえあがることをいう俗語。「ぶるって物も言えなかった」
と、「ぶるう」を立項するが、用例は作例である。
しかし、2006年刊の日国精選版は――惜しいことに誤脱があるのだが――、
*白いめまい(1961)〈島内透〉八「なにをぶってるんだ。このおれを、殺人犯人だとでも思っているのか」
という実例を挙げている。この用例は、「日国友の会」のHPによれば、末広鉄男氏の報告によるものだそうだ。2004年3月26日に投稿されている。
上の用例よりも古いものはまだ見つけていないが、これまでに以下のような例を拾っている。
「野郎、ブルったに違いありませんぜ」
――田中徳三『赤い手裏剣』(1965)
「あたしが県会議員の娘だと思ってブルっちゃってんのね」(太地喜和子)
――野村芳太郎『コント55号とミーコの絶体絶命』(1970)
「いや……この人/目つきがコワくて/ブルっちゃいました」(第五十話*1)
――岩明均『文庫版 寄生獣 第七巻』(講談社文庫2014)
それにしても……。「ブルった」「ブルって」等の形でしか出て来ないのに、辞書が「ぶるう」の形で立項して「ワ行」五段動詞扱いとしているのはなぜなのだろうか。
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【12月5日追記】
「もうブルっちゃっててヒステリーなんだ。まともじゃないよ」(ルーサー=原田一夫)
――刑事コロンボ「秒読みの殺人」(1977)
*1:初出は1993年末ごろか。