再び「けいずかい」、あるいは掏摸集団の隠語について

 かつて(約6年前)、「『けいずかい』」という記事を書いたことがある。
 「けいずかい」は「故買」の義で、松本清張『神々の乱心』に「系図買い=けいずかい」なる語原説が紹介されていることもそちらで紹介した。もっとも『日本国語大辞典』(第二版)などは、それを通俗語原と見做している。
 最近、結城昌治の『白昼堂々』を再読したのだが、作中に「系図買い=けいずかい」説を否定する記述があるのを見つけた*1。ただし同作品には、「けいずかい」もしくは「けいずや」という表現ではなくて、そこは「隠語」らしく、もっぱら「ズヤ」の形で出て来る。
 因みに渡辺友左『隠語の世界―集団語へのいざない』(南雲堂1981)には「ズヤ」の項がみえ、

《ズヤ(図屋)》非行少年たちが盗んできた品物を盗品だと知りながら、買いとる商人を隠語でこういう。いわゆる故買(こばい)である。この故買をする商人のことを一般には系図屋という。ズヤ(図屋)は、この系図屋の上略語である。(「反社会集団の隠語」p.44)

とある。
 米川明彦『俗語はおもしろい! 俗語入門』(朝倉書店2017)によれば、このような「上略」は、

 上の部分を省略すると元の語がわからなくなるため、隠語になりやすく犯罪者集団に多い。(p.35)

という。
 さて以下、表記やページ数は、講談社大衆文学館版『白昼堂々』(1996.3.20第1刷)に拠った。
 まずは、「ズヤ」の作中での初出を示す。

 子分がスり取ってきた品をズヤ(故買商)に売り捌いて上前をハネるのである。(p.31)

 「系図買い=けいずかい」説を否定するくだりを次に掲げる。

 盗品を売り捌く場合、親分というのは仲介業の一種、あるいはズヤ(故買商)の片割れにすぎない。
 ズヤの語源は系図屋(けいずや)の上部二音を略した泥棒用の隠語だが、この系図屋とか系図買いというのは発音を混同した当字で、窩主屋(けいずや)、窩主買いと書くのが正しい。窩は穴ぐらの意味とともに泥棒をかくまったり盗品を隠しておく場所を意味し、窩主(かしゅ)、窩家(かか)、窩贓(かぞう)などと用いられる。(p.76)

 しかしこれでは、「窩」を「ケイ」と読むことの理由がわからない。「窩」は影母歌韻字であるから、字音としては「ワ」が相応しく思われ、「クヮ=カ」も諧声符読みとして認めることができるだろう。だが「ケイ」の由来が分らない。訛音か、似字の混同か、はたまた、そもそも別語に由来するものなのか。引き続き今後の課題としたい。
 『白昼堂々』には、このほかにも俗語・隠語の類が頻出する。初出ではそのつど簡単に意味が示されるなどしてあり興味深いので、その全てを紹介しておく(あるいは一、二の見落しがあるやも知れない)。

 むかしは一流の箱師(列車内のスリ)として名を売った男だ。(p.15)

「なんや、モサ(掏摸)を廃業したら、今度はモサを逮捕(パク)る側か」(p.19)

大阪ではスリのことをチボという。(p.23)

 スリの専門用語で、ズボンの尻ポケットをケッパー、同じく横ポケットをテッポーという。上着の内ポケットが内パーで、外ポケットなら外パーである。そしてスり取ることを買うと称し、初心者は平場(ヒラバ、交通機関以外の雑踏する場所)でこの技術をおぼえ、やがて練達して箱師となる。(p.28)

 ドジをふんで捕まっても、前科がなければたいていデキモサ(出来心によるスリ)ということで釈放される。(p.29)

「あんたみたいな人がどうしてボタかぶったん」
「ボタかぶった?」
「警察にパクられることや」(p.38)

 ベタ買いとは万引の一種である。単独で行う場合と共犯の扶けをかりる場合とがあるが、単独の場合は赤ん坊を背負って、ネンネコの袖下から盗んだ品をさしこみ、赤ん坊をあやすふりをしながら自分の背中と赤ん坊の間に品を隠して売場を離れる。(pp.42-43)

 スリ(モサ)の眼くばりを称して刑事はモサ眼(ガン)と呼ぶ。獲物に眼をつけながら獲物を直視せず、周囲を警戒しながら犯行に移ろうとする寸前の、スリとしては最も気合の充実した一分の隙もない眼だ。(p.51)

 万引用語で盗むことをノムという。彼らがノミに行く先は、決して酒場ではない。(p.71)

 店(てん)びきというのは、万引を行う真打ちから店員の注意をそらす役である。(p.72)

 吸取りとはこれもスリ用語だが、真打ちから盗んだ品をリレー式に預かり、真打ちが訊問された場合の安全を守る役である。(p.74)

 スリ用語で、捜査員のウラをかくことを『ヌケをつかう』という。(p.174)

 このうち「モサ」というのは、わりとよく知られた隠語(というのは形容矛盾か)だろう。これは上でみたように、「デキモサ」や「モサ眼」などの複合語もつくるようだ。
 ここで楳垣実編『隠語辞典』(東京堂出版1956*2)を引いてみると、「もさ」を収めており、

もさ1(1)腹。(2)懐中物。(3)食事。(4)度胸。(5)懐中物。(6)すり。(盗・香具・など)(明)
もさ2(1)たもと。(2)衣類。(すり・盗)(明)

とある*3
 「もさ」についてはほかにも、例えば現代流行語研究会編『隠語小辞典―付 新語の知識』(三一書房1966)の「警察犯罪隠語」の章に「もさ スリのこと。」(p.54)とあるし、最近の下村忠利『刑事弁護人のための隠語・俗語・実務用語辞典』(現代人文社2016)の「犯罪の種類関係の用語」の章にも「モサ スリのことをいう。」(p.49)とある。
 楳垣編『隠語辞典』の項目末尾の「(明)」というのは明治時代から使われていることを示すものだから、「もさ」は長い間使われているらしいことが知られる。ただ語原は定かでないのか、渡部善彦『語源解説 俗語と隱語』(桑文社1938)には、「モサ 掏摸(すり)犯人の隱語。如何なる理由か詳かならず。」(p.173)とある。

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 結城昌治には『仕立屋銀次隠し台帳』(中公文庫1983)という連作小説集もあるように、明治期の掏摸師・仕立屋銀次*4こと富田銀蔵に対する関心がかなりあったらしい。そもそも、『白昼堂々』の主要登場人物・富田銀三の名はここから採られているのだ。
 仕立屋銀次といえば、本田一郎『仕立屋銀次』(中公文庫1994←塩川書房1930)というノンフィクションもあって、こちらは巻末に「隠語いろいろ」(pp.142-76)という語彙集を収めるばかりでなく、本篇中にも俗語や隠語が多く出て来る。『白昼堂々』の記述と比較する上でも意義があることと思われるので、その一部を紹介してみよう。

「勝ッ、てめえは、きょうは、新橋から汽車(はこ)に乗れ」(p.12)

 後の方には、「箱師(はこし)は汽車、汽船、電車を専門に掏摸を働く群である」(p.93)ともある。
 上で見たように、『白昼堂々』にも「箱師」は出て来る。『仕立屋銀次』巻末の「隠語いろいろ」には、「 電車」「箱師 電車、乗合馬車等の掏摸」(p.166)とある。
 「棚師(たなし)」というグループもあったらしく、こちらは「汽車、電車等の中で網棚の上に乗せてある乗客の荷物を掏る一派」なのだそうだが、「東京では箱師の一部に入れ、掏摸というよりも掻払いだというものもある」(p.95)。
 このほかにも、掏摸の方法は色々とあったらしく、中公文庫版「解説」(佐藤健)には、「抜取り」「カバン師」「立ち切り(カミソリなどでカバンを切って、そこから金品を取る)」「ブランコ(帽子掛けにかけてある背広からサイフを抜き取る)」「モズク(車中の仮眠者から金品を取る)」「むなばらし(職人の腹掛けからサイフなどを抜き取る)」「おかるかい(女性の簪を抜き取る)」などが紹介されている(pp.181-82)。

 その頃、深川に花魁(おいらん)の定(さだ)という掏摸師がいた。定は勝と同じ店に働いていた鼈甲職人だが、博奕と女が好きで仕事も碌にせず、縁日やお祭りの人混みを利用して、人の袂を掠(かす)める、ぼたはたきになった。(p.66)

 「隠語いろいろ」には、「ぼた 袂」「ぼたはたき 袂を探って金や品物を掠める」(p.170)とある。「ぼたはたき」については、本篇ではこの後にも「ぼたはたきは、俗に平場(ひらば)といって、公園、縁日、祭礼、みせ物なんかの人混みの場所に出没し、袂を探って金や品物を掠(かす)める」(p.92)と出て来る。

 これが縁となって、定はその後もちょいちょい品物を持って来ては金を借りる。定の仲間でびっこの治三が、定から勝の話を聞き、素人に品の処分をさせて、どじを踏まれちゃ困ると一日(いちじつ)、勝の家を訪ね、実はこれまで定が借金の抵当に持って来た品物はありゃあ、みんな掏摸を働いた品だ。あの品物を一手に引受けて、うまく捌(さば)いてくれりゃあボロイ儲(もう)けになる。警察に尻尾をつかまれねえように、品物を捌くにゃこうするんだ。と、まア、いろいろ秘策を授けてやった。
 もともと慾に眼のない勝のこと、その頃は世間が物騒で鼈甲屋のような贅沢品商売は、思うような商売(あきない)もないので、治三のいうままに品物の取引をすることを承知した。掏摸仲間では、これを通屋(つや)という。
 鼈甲屋の職人じゃ、朝から晩まで一日、汗水流して働いても、高々二両か二両二分の稼ぎにしかならないのに、この通屋をやれば、一日に十五両、二十両の大金が遊んでいて儲かるとばかり、勝は本職の鼈甲屋の店をたたんで通屋になった。(pp.66-67)

 この「通屋(つや)」は上でみた「ズヤ」と同義のようだが、宛字であろうか。「隠語いろいろ」にはなぜか「つや」の項がなく、「ずや 贓物(ぞうぶつ)の故買屋」(p.156)、「づや 故買屋」(p.160)、「 故買者」(p.169)、「ろう 故買者」(p.175)がある(ついでながら、「けいずかい」「けいずや」はなし)。

 チボといえば大阪千日前(せんにちまえ)を聯想する。
 大阪は東京よりも一と足先きに掏摸が眼をつけて横行闊歩(おうこうかっぽ)したところである。大阪のちぼは東京の掏摸より腕が達者だというが、仲間の者にいわせると、執拗(しつよう)で、大胆なのだという。(p.77)

 上の通り、これも『白昼堂々』に出て来た。「隠語いろいろ」にはなし。

 相手はすっかり油断している。掏摸眼(すりがん)で見ると全身隙だらけだ。(p.80)

 『白昼堂々』には「モサ眼」というのが出て来て、これは捕まえる側から見た掏摸の目つきをいうのだったが、「掏摸眼」は、文字どおり掏摸の目、ということだろう。

 同じ懐中物といっても、外のポケットを掏るのは内ポケットより楽なことはいうまでもない。仲間ではポケットをモサという。だから内ポケットは内モサ、外は外モサである。帯の間の時計を掏る時でも、時計だけ掏って、鎖はそのまま返しておくのが、作法になっっている。(略)
 洋服の内モサは仲間の一番掏り易いところとされている。
 ここで、すこし、仲間の符牒を話して見る。
 紙入れがパー、掏ることを「買う」、金時計は「金マン」又は「テラ鶯(うぐいす)」、銀時計は「銀マン」又は「饅頭(まんじゅう)」、異人さんが「人唐(じんとう)
 だから「きょうは神田橋から上野の間で、じんとうの金マンを一つ買ったよ」といえば、神田、上野間で異人の金時計一個を掏ったということだ。(pp.93-94)

 『白昼堂々』にはポケットを「パー」という、とあったが、こちらは「モサ」といっている。
 しかるに「隠語いろいろ」の方をみると、「内ぱあ・内もさ 内側にある衣囊(ポケット)」(p.146)、「けつぱあ ズボンの後にある衣囊(ポケット)」(p.151)、「外ぱあ・外もさ 外側にある衣囊(ポケット)」(p.157)と、「ぱあ(パー)」「もさ」を併記した項もみえる。
 単独だと、「ぱあ 衣囊(ポケット)の総称。紙入、名刺入」(p.165)、「もさ 衣囊(ポケット)の総称」(p.173)と語釈を施している。
 なおこれも上でみた通りだが、楳垣編『隠語辞典』の「もさ」項には「たもと」「衣類」の義はあったけれども、「ポケット」の義はなかった。派生義なのか。

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 野村芳太郎『白昼堂々』(1968松竹)の感想をここで記したことがある。角川文庫版の原作を入手したのはこの22日後のことで、そのさらに約3日後から読み始めている。

隠語の世界―集団語へのいざない (叢書・ことばの世界)

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俗語入門: 俗語はおもしろい!

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隠語辞典

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隠語小辞典 (1966年) (三一新書)

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刑事弁護人のための隠語・俗語・実務用語辞典

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仕立屋銀次 (中公文庫)

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あの頃映画 「白昼堂々」 [DVD]

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*1:初読はかれこれ十年以上前、角川文庫版によってだったが、そのことはなぜか全く記憶になかった。集中して読んでいなかったのか知ら。

*2:手許にあるのは1969.4.10発行の18版。

*3:凡例には「発音が同じであって、意味や用法のちがう語の場合に、見出し語の下に(略)番号を付けた」とあるが、なぜ「もさ」をわざわざ2項に分けているのか分らない。あるいは、「もさ2」は掏摸用語として限定される用法、ということか。

*4:関川夏央作・谷口ジロー画『「坊っちゃん」の時代』(双葉文庫など、全五冊)にもその活躍が描かれていたと記憶する。