アンチ・ヒーロー、地獄小僧

日野日出志『地獄小僧』(ちくま文庫

地獄小僧 (ちくま文庫)
2005.1.10第一刷。底本は、『地獄の絵草子 地獄小僧の巻』(ひばり書房,1987)。もともとは、「少年キング 増刊」に連載されていたものです。
その荒唐無稽な展開に、ついつい引込まれてしまいます。なにしろ、日野さんの絵のタッチが良いのです。その絵のおどろおどろしさについては、唐沢俊一さんも『カラサワ堂怪書目録』(光文社知恵の森文庫)でふれていましたっけ。
しかし「荒唐無稽」とはいえ、古典的ホラー、つまりゴシック・ロマンスに始まる小説群と、きわめて似た要素をももっていることに驚かされます。それをひとつ挙げるならば、たとえば「字吾久城」。地獄小僧が誕生するこの城(正確にいうと、大邸宅)は、明らかに、ホレス・ウォルポールの『オトラント城綺譚』(平井呈一訳の邦題。最近、学研M文庫の『ゴシック名訳集成 西洋伝奇物語』で読めるようになりました)などの系譜に連なるものです。日本の小説でいうと、ほかに小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』が挙げられるでしょうか。さらに近年の映画でいうと、ティム・バートン監督作品『シザー・ハンズ』(1990)なんかもそうです。
ホラー小説に関しては、風間賢二『ホラー小説大全〔増補版〕』(角川ホラー文庫,2002)や高原英理『ゴシックハート』(講談社,2004)がくわしく親切で、私のように、その道に蒙い者でも面白く読むことができます。ぜひご一読ください。

松本清張『日本の黒い霧(上)(下)〔新装版〕』(文春文庫)

新装版 日本の黒い霧 (上) (文春文庫)
ちょっと前に放送された、テレビ朝日の特番で「都合良く」取上げられていた本です。幽冥の清張は、さぞや苦々しくおもったことでしょう。
清張は、この本で下山事件も取上げ、「下山他殺説」を広めました(他に、たとえば矢田喜美雄さんも他殺説をとなえています。これは新風舎文庫で読めます)。同じ文春文庫には、秦郁彦さんの『昭和史の謎を追う(上)(下)』が入っており、その下巻で秦氏は、清張の推理の飛躍点を指摘しています。秦氏自身は、「下山他殺説」にも「下山自殺説」にも与していません。速断はせず、慎重な態度を保っています。
また、森達也さんは、『下山事件(シモヤマ・ケース)』(新潮社)で「下山他殺説」をとなえており(この本の出版にかんしては、ちょっとしたイザコザがあったようです。くわしくは、同書にみえる経緯をご参照ください。その後、諸永裕司さんの『葬られた夏・追跡下山事件』をぜひご一読ください)、いっぽう麻生幾さんは『封印されていた文書』(新潮文庫)で、「下山自殺説」をとなえています(おなじ新潮文庫に入っている、『刑事一代 平塚八兵衛の昭和事件史』で平塚氏は、「下山自殺説」を主張しています。まあこれは、当り前の話なのですが。ちなみに平塚氏は、清張の取材についてもちょっとふれています)。
同じ出版社から出ている本でも、以上のようにそれぞれスタンスを異にしているというのは、たいへん好もしい状況です。説そのものの正否はとりあえず措いて、これこそが出版社の柔軟性をしめす好例だと言えるのではないでしょうか。
出版社による「異論」の圧殺こそ、憎むべき事態だとおもいませんか。