文庫本玉手箱・「閑話休題」覚書

坪内祐三『文庫本玉手箱』(文藝春秋

文庫本玉手箱

文庫本玉手箱

 数えてみると、紹介された文庫のうち、126冊を新本屋で手に取るか読むか買うかしていた(うち頂いたものが2冊)。読書傾向が、坪内氏に少しでも近づきつつあるのは嬉しい。共感したおぼえのある一文が引いてあったりすると、なお嬉しい。
 佐々木嘉信/産経新聞社編『刑事一代―平塚八兵衛の昭和事件史』(新潮文庫)(pp.43-45)は、この六月にTVドラマ(渡辺謙主演)が放送されるはずだが、「テレビ朝日系列」というのがちょっと不思議だ。というのも、「下山事件」に関しては、平塚はもちろん彼の所属した捜査一課や毎日は自殺説を主張し、捜査二課や朝日は他殺説を展開したはずだからだ*1
 奥島貞雄自民党幹事長室の30年』(中公文庫)の記事では、「こういう時だから、と思って手にした」(p.120、「こういう」に傍点)とあり、四年後の現在に至って「こういう時」の実感はますます強い。そしてちょうど、奥島氏の著作があらたに中公文庫に入った(『自民党抗争史―権力に憑かれた男たち』)。いま著作を読み返してみると、奥島氏は自民党について語りながら、小沢主導民主の行末をも見越していたことがわかる。『自民党抗争史』の「文庫版あとがき」でも、「(小沢一郎は)民主党の乗っ取りには完全に成功した」と評している*2
 松本清張『発想の原点』(双葉文庫)の記事には、「数年前から“マイブーム”としてセイチョウイチョウと口にしていたみうらじゅんはさすがだ」(p.185)とあり、私はそんなことを全然知らなくて*3、五月に出た『文藝春秋SPECIAL』で「清張映画見て、わがフリ直せ」というみうらじゅんの「語り下ろし」記事を目にして、かなり意外におもっていたくらいだった。
 ちなみに現在の「マイブーム」は、何を今さら、と言われるかもしれないが、岩本素白。『文庫本玉手箱』には『東海道品川宿』(ウェッジ文庫)の記事があるが(pp.350-52)、その後、平凡社ライブラリー版で『素白随筆集―山居俗情・素白集』『素白随筆遺珠・学芸文集』の二冊が刊行された。
 またここ一年弱の間に、鶴ヶ谷真一『月光に書を読む』(平凡社)の「素白点描」、結城信一『作家のいろいろ』(六興出版)の「岩本素白」、稻垣達郎『角鹿の蟹』(筑摩書房)の「岩本素白先生」、藤田三男編『浅見淵随筆集 新編 燈火頰杖』(ウェッジ文庫*4の「岩本堅一さんの随筆」等々、素白先生について書かれた文章に出くわすことがなぜか多く、ずっと気になる存在であり続け、それで今は、先月出た『素白随筆遺珠・学芸文集』*5平凡社ライブラリー)を車中などでちびちびと読み進めているところ。
 素白の文章というのは、理解して読もうと身構えなくても、自然と身に染み入る。
素白随筆遺珠・学芸文集 (平凡社ライブラリー)

素白随筆遺珠・学芸文集 (平凡社ライブラリー)

■「閑話休題」覚書
訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語 (光文社新書 352)

訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語 (光文社新書 352)

 「『閑話休題』で『それはさておき』とか『あだしごとはさておきつ』と読ませる例も、極めて例外的」で(笹原宏之『訓読みのはなし―漢字文化圏の中の日本語』光文社新書p.207)、これは「白話小説、つまり中国語の口語で書かれた小説の文章に由来する」(同前p.87)。
お言葉ですが…〈2〉「週刊文春」の怪 (文春文庫)

お言葉ですが…〈2〉「週刊文春」の怪 (文春文庫)

 また、某新聞のコラム*6閑話休題」のタイトルがしばしば誤解されるようになったという経緯は、高島俊男お言葉ですが…(2)』(文春文庫)pp.196-201に書かれている。
書痴半代記 (ウェッジ文庫)

書痴半代記 (ウェッジ文庫)

 「閑話休題と書いて、さて、とルビを振つたのは、宇野浩二の本だろう」(岩佐東一郎「あとがき」『書痴半代記』ウェッジ文庫p.207)。宇野浩二のどの本か。宇野独自のルビか?
里見トン随筆集 (岩波文庫)

里見トン随筆集 (岩波文庫)

 「閑話休題」に「あだしごとはさておきつ」とルビを振ったごく最近の例として、高山宏氏の文章があったとおもうが、自信がない。
 話が脇道に逸れるときに、「要話休題」と書いて「かんじんなことさておき」とルビを振った例を、里見弴「青春回顧」に見いだせるが(紅野敏郎編『里見弴随筆集』岩波文庫p.13)、他にこのような例はあるのだろうか。

*1:その点において、出版社はわりあい縛りがきつくないのだろう。新潮社は、麻生幾に自殺説を主張させる一方で、森達也の『下山事件』を刊行している。

*2:それに応えるかのように、鳩山由紀夫は今月発売の『文藝春秋』で、「(小沢一郎の)傀儡になるつもりなど、毛頭ありません」と書いているのが面白い。

*3:みうらじゅんが、「グレイト余生映画ショー」(衛星劇場)のナビゲーターとして、『シベ超』や『ゴケミドロ』を紹介していたのは観たのだけれども。

*4:こちらも、やはり『文庫本玉手箱』が紹介している(pp.444-45)。

*5:底本が一九七五年の全集なので、先の『素白随筆集』とは違って、現代かな遣いである。

*6:「コラム欄」は重言、というのもよく指摘されることだ。