霧の旗

ひさしぶりで大学へ。
東雅夫編『妖怪文藝〈巻之二〉 響き交わす鬼』(小学館文庫)を購う。相変らず渋い作品がずらり。馬場あき子、小松和彦、藤澤衛彦などお馴染みの面々に加えて、野坂昭如訳「酒呑童子―『お伽草子』より」、尾崎紅葉「鬼桃太郎」、芥川龍之介「桃太郎」、伊良子清白「鬼の語」、椋鳩十「一反木綿」、香山滋「美女と大蟻」、福永武彦訳「産女の出る川を深夜に渡る話―『今昔物語』より」などが収録されている。特に、「一反木綿」と「美女と大蟻」を文庫で読めるというのが嬉しい。
松本清張『霧の旗』(新潮文庫)を改版で再読。七年ほど前に読んだときは、何故か読後に「痛快な復讐譚」というふうな印象が残ったのだけれども、これは復讐譚というよりも、『ミザリー』や『危険な情事』をはるかに凌ぐ〈サイコサスペンス〉ですね。ところで解説の尾崎秀樹は、いかにもホツキらしく、ゾルゲ事件を引き合いに出しつつ「松本清張はこの桐子のありかたをとおして、実は法の限界、裁判制度の矛盾等をえぐっているのであり」(p.351-52)とか、「問題を一般の常識、事なかれ主義のほうにむけ、桐子の訴えを正しくうけとめる必要性を強調したかったからに違いない」(p.352)とか書いている。
まあ、それもあるのだろうが、理不尽かつ執拗な復讐によって封印される「真実」もある、という皮肉を暗に訴えたかったのだろうと思う。清張は、落魄する名士の姿をしばしば描いたが、『霧の旗』に登場する大塚欽三の場合は、素人探偵の役割を果すという意味でも異例である。「異色サスペンス」と云われる所以であろう。