〈鬼子〉たちの肖像

レジュメ作り、読書、本の整理。本の整理をしていると、昔読んだり読まなかったりした本が出てきて、つい、そのまま読み耽ってしまうので怖い。
「鬼子」(グイヅ)たちの肖像―中国人が描いた日本人 (中公新書)
いま、『逝きし世の面影』を少しずつ読んでいる。
そこでなんとなく、「外から見た」日本・日本人論が読みたくなってきて、武田雅哉『〈鬼子〉たちの肖像―中国人が描いた日本人』(中公新書)を読み始める。多数の図版を収録していることもあってか、あっという間に読みおえてしまった。
kokada_jnetさんが、「いつまでこのネタで本を書くのか、と、いい加減飽き飽き」と書いておられたので、あまり期待せずに読んだのだが、けっこう面白く読んだ*1。とはいえ、途中でだれてしまうような所もあって、一気に読んだわりには幾許かの疲労感が残った。
ハッとさせられたのは、たとえば「良民的、皇軍的良民的、開路開路的」というような、日本人による中国語版「アルヨことば」*2が存在したということ。ジャングリッシュならぬジャイニーズ、である。また、「ちなみに、欧米人ふうの中国語というのもちゃんとあって、日本人の中国語とはまた異なる。ひとことでいえば、アクセントがないように話せばよい」(p.14-15)というのだから面白い。
そういえば、本編とはあまり関係のない、久保田米僊(1852-1906)の風俗画についての記述(p.231-35)も面白く読んだ。米僊自身についてもっと知りたく思ったが、新書という形式のため、記述がやや簡単なものになってしまっているのは仕方があるまい。
それから、ちょっとだけ突っ込んでおくと…、

陳寿三国志』の『魏志倭人伝』が綴られるにおよんで、…(p.37)

倭人伝」というのが気になる。中国文学がご専門なのだから、ここはきっちり、「東夷伝倭人条」と書いていただきたい。

最近、フランスが、野蛮にも中国の境域を擾乱しているのを聞いて、覚えず怒り心頭に達し、…(p.49)

「怒り心頭に『発し』」ではないのかしらん。

本書で紹介した清朝末期の対日戦争関係の報道は、おおむねがプロパガンダであるから、これを読んで、戦争の実態を理解しようではないか、などと主張するものがいたら、これはとんでもない勘違いだ。つまりは、日本の大本営発表と、ほぼおんなじだからである。(p.230)

著者は、念のために書いているのであろうが、まあこれは当り前のことである。それが分らないような人は、この本を手に取ることさえしないであろう。
武田氏の本を読み終えて、今度はついつい、『週刊 日録20世紀』スペシャル6「外国人が撮った『不思議の国NIPPON』」(講談社)を開いてしまう。なぜか、ボギーと雪洲が共演した『東京ジョー』の「日本」のイメージを思い出した。ところで、マーロン・ブランドが、『八月十五日の茶屋』(1956)で沖縄の青年を演じていたなんて、ご存じでしたか?

*1:それも道理なので、私は、武田氏の(まとまった)著作は『蒼頡たちの宴』(ちくま学芸文庫)しか読んだことがないのである。

*2:金水敏『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(岩波書店)p.176-203をご参照ください。