品切れになる獅子文六

獅子文六『私の食べ歩き』(中公文庫)をようやく入手した。300円。いやー、探した探した。
ついでに、井原西鶴 東明雅校訂『日本永代蔵』(岩波文庫)も。280円。
中公文庫の獅子文六作品についていえば、ほかに『海軍』を面白く読んだことがあり、『食味歳時記』は文春文庫版で読んだ。『海軍随筆』も今のうちに入手しておかないと、「品切重版未定」になってしまいそうだ。
最近出たのに、すぐ品切れになってしまった中公文庫は、新古書店にも古本屋にもなかなか置いていないので*1、探すのが意外と大変だ(まあ獅子文六の文庫じたい、あまり置いていないのですが)。
ところで、最近出た『わが食いしん坊』(角川グルメ文庫)は、オリジナル編集の文庫だと聞くが、どんな内容なのだろうか。『食味歳時記』や『私の食べ歩き』に収められていない文章はいくつ入っているのだろうか。
昼から大学。ついでに、『わが食いしん坊』の中身も確かめてくる。なるほど、これは『食味歳時記』と『飲み・買い・書く』から諸篇を択んで収めた本なのか。後者は、たしか角川文庫に入った。けれども持っていない。
それにしても、新潮文庫の『てんやわんや』ですら、もう新本では入手できないのか。愕然とした。五年まえに改版が出たばかりではなかったのか。
以下は覚書(の・ようなもの)。
水上滝太郎貝殻追放 抄』(岩波文庫)の「向不見の強味」に、『れげんだ・おうれあ』が出てくる。

殊に「奉教人の死」第二節「予が所蔵に関する、長崎耶蘇会出版の一書、題して『れげんだ・おうれあ』という」以下の、この物語の典拠調べなどは最も悪いいたずらだと思う。『れげんだ・おうれあ』という本はあるのかもしれないが、「奉教人の死」は少くとも芥川氏の創作であろう。(p.34)

『れげんだ・おうれあ』は、現在では「偽書」だったということが判明している*2
その「種あかし」は意外に早くなされたようで、『茶話』にこうある。

小説家芥川龍之介三田文学の先月号に『奉教人の死』といふ短篇小説を書いた。そしてこの小説は自分が秘蔵してゐる長崎耶蘇教会出版の『れげんだ・おれあ』(ママ)といふ西教徒が勇猛精進の事蹟を書きとめた稀覯書から材料を取つたものだ。(中略)
これを読んで一番に物好きの眼を光らせたのは、丸善内田魯庵氏だった。魯庵氏は人に知られた珍書通だけに、自分が今日までこの書物の存在を知らなかつたのを何よりも恥しい事に思つて、掌面(てのひら)でそつと禿げ上つた額を撫でた。
「れげんだ・おれあ――名前からして珍らしい書物(ほん)だ、是非一つ借りて見なくつちや。」
魯庵氏は直ぐ芥川氏あてに手紙を書いて、その珍本の借覧を申込むだ(ママ)。
芥川氏はその手紙を開けて見た。そしてにやりと皮肉な笑ひを洩してゐると、丁度そこへ東洋精芸会社の社長某氏の手紙を持つた若い男が訪ねて来た。その手紙によると、三田文学で御紹介になつた『れげんだ・おれあ』、あれは珍しい書物だと思ふから、上下揃つて三四百円で譲つては呉れまいかといふ頼みなのだ。
芥川氏は雀の巣の様にくしや\/した頭の毛を掻きながら、若い男に言つた。
「この本だと、今丸善の内田さんからも借覧を申込まれては居るが、さういふ達ての御希望なら、お譲りしてもいゝんだが……」
「それぢや何(ど)うかさういふ御都合に――」若い男は刈立の頭を叮嚀に下げた。「社長もどんなにか喜ぶでせう。」
芥川氏は当惑さうに手を拱(く)んだ。
「ところが、あいにくその本が手許に無いんだ。」
「誰れかにお取り替へにでもなりましたんで。」
「いや、そんな本は僕も読んだ事が無いし、また誰一人見た事はあるまいと思ふんだ。」芥川氏はかう言つてくすくす笑ひ出した。「君あんな本が有る筈がないぢやないか、あれは唯僕の悪戯(いたづら)だよ。」
「悪戯なんですか、それぢや偽書といふ訳ですね。」
若い男は呆つ気にとられた顔をした。芥川氏はその一刹那、若い男の懐中(ふところ)で百円札が幾枚か南京虫のやうに身を縮かめてゐるやうに思つた。
薄田泣菫「芥川氏の悪戯」 谷沢永一浦西和彦編『完本 茶話(中)』冨山房百科文庫,p.634-35所収)

この記事は、『大阪毎日新聞(夕刊)』(大正七年十月四日付)に掲載された。

*1:『海軍』はなぜか、何度か見かけた。

*2:奉教人の死』は、『三田文学』(大正七年九月号)に発表されたもので、引用した水上の文章は『三田文学』(大正七年十月号・十一月号)に掲載された(書かれたのは九月二十四日)。