双葉文庫に期待

朝、吉田喜重『秋津温泉』(松竹大船,1962)を観た。『エロス+虐殺』(1970)や『告白的女優論』(1971)、『嵐が丘』(1988)よりも、私の好みにあう。主演の岡田茉莉子じしんが企画した作品である。
まず、岡田茉莉子(新子)が巧い! もちろん長門裕之(河本周作)も巧くて、『杏っ子』の木村功、『にごりえ』の宮口精二にひけをとらないくらいの「ダメ男」を演じている。
新子が東京へゆく周作を見送る。その後、肩を落として階段をおりる新子のそばを、女子大生(女子高生?)たちが嬌声をあげて駆けのぼってくる。あ、これは黒澤明の『生きる』(1952)にもあったシークェンスだな、と気づく。誕生日を迎えた男性が階段をのぼってきて、ガンを告知された志村喬が階段をおりてゆく。ドナルド・リチーも注目していたシーンのひとつである(『黒澤明の映画』教養文庫)。
吉田喜重は『秋津温泉』(一九六二)で、岡田茉莉子という女優の可能性を存分に用いた恋愛映画を撮った。水という物体のもつ官能性を描ききったというだけでも、吉田の名前は日本映画史に記憶されることだろう」、とは四方田犬彦氏の言*1
昼から大学。論文読み、論文書き。午後七時ころ帰宅。
ところで、今月発売のちくま文庫にチラシが挟みこまれているのだが、これ。かなり欲しい。
それから、清張ファンにとって有難いことが。なんと、「松本清張初文庫化作品集」(双葉文庫)が刊行され始めた。その第一弾は、『失踪』。表題作の他に、「草」「二冊の同じ本」「詩と電話」が収められている。来月刊行予定の『断崖』には、「断崖」とか「粗い網版」とか五編が収められているらしい。江戸川乱歩の「断崖」なら読んだことがあるし、佐野史郎主演のドラマも見たけれど、清張の「断崖」は読んだことがないなあ。
編者は、細谷正充氏。『松本清張を読む』(ベスト新書)を書かれた人だ。
以下、『失踪』の編者解説より。

本書は、昭和三十年代に、いわゆる“社会派推理小説”ブームを巻き起こし、以後、小説の世界のみならず、昭和の歴史そのものに巨大な足跡を残した松本清張の、文庫未収録作品を集めた選集の第一弾である。作者が四十年にわたる作家生活の間に生み落とした作品数は膨大であり、ほとんどが文庫化されているとはいえ、そこから漏れた作品も少なくない。這般の事情で、そのすべてを収録することは適わなかったが、できる限りの作品を集めたつもりだ。巨匠の知られざる傑作・秀作が、ここにある。(中略)
松本清張が死去して、すでに十年以上の歳月が流れた。しかしその人気は衰えることなく、新装版と銘打った文庫本が、あらためて刊行されている。また『砂の器』『黒革の手帖』のテレビドラマ化により、新しい世代の読者も獲得した。このような時期に「松本清張文庫初収録作品選集」(ママ)を出版できるのは、選者としても大きな喜びである。昔からの愛読者も、新たなるファンも、その第一弾となる本書を、じっくりと堪能してほしい。
(p.302-08)

かつて双葉文庫は、「日本推理作家協会賞受賞作全集」の一冊として、松本清張の『顔』を刊行しているのだが、この文庫が『失踪』とは異なり、いわゆる「カバー刊記」であるのは、何故なのだろうか。
そこで、双葉文庫をいくつか見てみた。呉智英の文庫は、『言葉につける薬』あたりまで全てカバー刊記である*2。ところが、『言葉につける薬』の約九か月後(1998年10月15日)に刊行された、安藤昇『激動 血ぬられた半生』は、カバー刊記ではない! もっとも、私の持っているのは「第3刷」なのだけれど。
ということは、七年くらい前に双葉文庫の方針が変わったのかもしれない。

*1:四方田犬彦『日本映画史100年』(集英社新書,2000)p.170

*2:だから、『危険な思想家』や『ロゴスの名はロゴス』はカバー刊記でない。