誤植と古本と

晴れ。一時雨。
午後大学。某君から、熊本大学・映画文化史講座編『映画 この百年―地方からの視点』(熊本出版文化会館)をお借りする。
関西古本探検―知られざる著者・出版社との出会い
高橋輝次『関西古本探検―知られざる著者・出版社との出会い』(右文書院)を読む。思わぬ収穫もあった。例えば「詩を書く二人の映画人―中川信夫依田義賢」(pp.79-88)で、あの中川信夫が詩を書いていたということを知って驚いたり、また「戦争末期の古本屋(貸本屋)」(pp.151-57)という文章で、泉谷しげる中野良子が出演していたあるドラマの題名*1が分かったり。
「続・回想記は面白い!」(pp.19-21)も面白い! が、誤植を発見。「次は東京の友人の古本屋、玉睛(きゅうせい)さんから」云々(p.20)とあるが、「キュウセイ」の「キュウ」は、「玉」ではなくてこの字だ(この字については、kuzanさんも取上げておられます)。
うぅむ……。「校正にまつわる著者のいらだち」(pp.95-99)という「誤植」に関する文章も収められているというのに*2。さて、「誤植」で思い出したのだが、鈴木敦史『クラシック批評こてんぱん』(洋泉社新書y)という誤植の例があって、これには驚いた。なんと、著者名が誤っているのだ(背も、奥付も、とにかく全て)。正しくは「鈴木淳史」。この本には、「注意書きへの注」という紙が挟まれていて、そこに書かれてあることがまた面白い。以下に引用する(二、三の日記あるいは書評で見かけたことがあるのでもしかすると結構有名な話なのかもしれない。永江朗氏が批判的に言及していたような気が……)。

本書の著者名が間違っています。
正しくは「鈴木淳史」です。
編集者が校正中に読んでいた池宮彰一郎『本能寺』(毎日新聞社)に頻繁に登場する幸若舞「敦盛」の修羅の苦しみと浄化が本書の内容を彷彿とさせたために、「淳史」を「敦史」に変貌させてしまったものであり、本書の内容に関してはなんら影響するものではありません。

ところで、「続・回想記は面白い!」に、有本芳水『笛鳴りやまず』(中公文庫)も出て来た(私は未だ読んでいない)。「絶版」とあるが*3、これは最近「幻の限定復刊」シリーズに入った(金色の帯がついてるやつ)。しかし、退屈男さんがいつか「いいお値段ですなぁ」と書かれていたように、税込みで千五百円もする。「幻の限定復刊」は刊行され始めたばかりの頃、例えば西園寺公望 国木田独歩編『陶庵随筆』が九百円、永井龍男『石版 東京図会』が千円だったというのに、最近はどうしたことか。千四百円以上のものばかりなので、ちょっと買いにくいのだ(池島信平『雑誌記者』も千五百円だっけ)。

*1:たぶん、土曜ワイド劇場枠。三、四年前に再放送で観たのだが題名が分らずじまいだった。この本はドラマには触れていないのだが、梶龍雄『透明な季節』の筋が書いてあって、それを原作としたドラマだと分ったのだ。

*2:田中小実昌『上陸』(河出文庫)の著者プロフィールの誤植の話題も出て来る。退屈男さんのブログでも話題になった筈だ、と検索したら見つけた。ココだ。後に、堀江敏幸氏が毎日新聞紙上でそのことを指摘したらしいが(p.98)、知らなかった。

*3:高橋氏は、「これほど面白い明治大正文壇史は数少ないのに、すでに絶版とは、日本の出版界はどうなっているのだ、と言いたくもなる」(p.20)と書いている。