サムハラ

曇り。午後から大学。
山崎美成『提醒紀談』(『日本随筆大成』第二期二巻所収)を読んでいると、その「符字」で、「さむはら」に出くわした。「さむはら」には色々の宛字があるが、「〔扌+合**辛〕抬〔扌+合**辛〕〔扌+包**口〕」と宛てるのが一般的だ(以上の記号については、大原望氏の『和製漢字の辞典』凡例を参照のこと)。
「さ」「は」に宛てる〔扌+合**辛〕字、「ら」に宛てる〔扌+包**口〕字は、飛田良文監修・菅原義三編『国字の字典』(東京堂出版)が国字として採録している(典拠は『除厄呪詛篇』)。但し、『和製漢字の辞典』にこれらの字は採録されていない様だ。
津山三十人殺し―日本犯罪史上空前の惨劇 (新潮文庫)
私は以前、レポートで、この「さむはら」について少しだけ書いたことがある。その内容は、筑波昭『津山三十人殺し―日本犯罪史上空前の惨劇』(新潮OH!文庫)にある文章「〔扌+合**〕抬〔扌+合**〕〔抱*口〕*1大神(古事記を調査するも発見せず)を祭祀し、諸衆をして参拝せしめ」(p.68)の〔扌+合**幸〕字は、典拠がないので作字上のミスであろう、とするものであった(画像は「新潮文庫版」。こちらは見ていない)。
主に参照したのは、根岸鎮衛 長谷川強校注『耳嚢』(岩波文庫)である。その「上巻」に、「怪我をせぬ呪(まじない)札の事」があり(pp.181-83)、そこに「さむはら」が出て来る。札に「さむはら」の四字を書き、懐に入れておくと怪我よけになる、という話なのだが、ここでは「〔扌+合**辛〕抬〔扌+合**辛〕〔扌+己**力〕」に作り、「ら」の部分がやや奇異である。
いま岩波文庫の注の部分を見てみると、例の四字を「『サンバラサンバラ』と読む」という鈴木棠三氏の説が引いてある。また、「山崎美成の『提醒紀談』三に諸例をあげ、この『耳嚢』をも引くこと鈴木氏(鈴木棠三―引用者)指摘。馬琴の『異聞雑稿』下に時日・人名・地名など詳しい新見の件の記録あり。『宝暦現来集』二十にも新見の事をあげ、「シヨウヨウシヤウカク」と読むという」(p.183)とあったが、そのことはすっかり忘れていた。
さて『提醒紀談』であるが、「〔扌+合**辛〕抬〔扌+合**辛〕〔扌+己**口〕」という異表記のほか、「袷〔禾+盒〕〔禾+合**冋〕〔禾+合**辛〕」なる表記も挙げられている(p.123)。また、「必これ長命の符字なるべし」という説もあるようなのだが、ともかく「危を逃れ災を免れたること」に効験あったという。
続けて美成は以下のように記す。

此文字いづれの字書にも載せず。されば音義を知るによしなし。あるひ(ママ)は云。出羽国仙人堂にては「さんぱさんぱ」と唱へ、白石平馬が天狗に教へられたるは、「じやくこうじやくかく」とよめりと云へり。こは雲をとらへ夢を説くが如き閑話といへども、亦記して異聞に備ふと云。(p.124)

*1:「ら」は異構字と看做せよう。