『貸間あり』

新本屋で、村松友視雷蔵好み』(集英社文庫)、中西進『日本語の力』(集英社文庫)を買う。午後から大学。体調思わしくなく、早めに帰る。柳田國男『海南小記』(角川文庫)を読みかけるが、途中で眠くなる。
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夜から地上波で『ハウル〜』がかかるというので、気分転換にそれでも観ようかと思っていたのだが、気がつくと半分くらい過ぎた頃だったのでやめる。代わりに川島雄三『貸間あり』(1959,宝塚映画・配給=東宝)を観る。原作は井伏鱒二の同名小説(未読)だが、川島と藤本義一が大胆なまでの脚色を加えたらしい。ノッケから、淡島千景のあの独特な「お尻」が作品に活かされていて(淡島が尻を突き出した構図の多いこと!)、しかも『夫婦善哉』でききなれた関西弁の口跡はそのままなので、安心して観られた。
川島は『幕末太陽傳』の続篇という意識をもって製作にのぞんだらしいが、それがよく分る作品。また、純情フランキー堺、おトボけ桂小金治、シタタカ乙羽信子、たくましい清川虹子、ノッソリ益田喜頓、それから忘れちゃいけない、食わせもの小沢昭一*1……。と、奇人変人揃いで、それゆえ『不連続殺人事件』を想起してしまったのだが、あれは純然たる室内劇であって、動作も科白も全て芝居がかっている。しかるにこの『貸間あり』は、その猥雑さによってむしろリアリズムを追究しているというか、赤裸の人間たちの姿を眼前に突きつけられた感じがして、思わずたじろぐ展開も幾つか用意されている。
つまり純粋な喜劇ではない、と云っていい。人生はクロースアップで見ると悲劇だ…とかいうチャップリンの名言でも引用してみたくなる。また「サヨナラダケガ人生ダ」という、あの井伏訳の「勧酒」の一節が作中でリフレインされ、ラストで立小便をしながら「さよならだけが人生か…」とポツリ呟く桂小金治が、妙に印象に残る。

*1:フランキー堺が小沢の「代理受験」をするという件は、数多あるエピソードのうちでもひとつの〈核〉たりうるのだろうが、細かい演出が行き届いていて実に面白い。