水木しげるの名著が

水木しげるのニッポン幸福哀歌(エレジー) (角川文庫)
午後から大学。
帰途、水木しげる水木しげるのニッポン幸福哀歌(エレジー)』(角川文庫)を購う。「本書は創刊まもない『週刊漫画アクション』(双葉社)にシリーズ連載された「日本の民話」を初めて一冊に完全収録したもの」なのだとか。今月からは、なんと、(「復刊ドットコム」でまだ十票しか集めていない)『貸本まんが復刻版 墓場鬼太郎』(角川文庫)が刊行され始めるのだ! 幼いころから水木信者だった私にとっては、まさに“スイゼンモノ”の企画である。
小阪修平『思想としての全共闘世代』(ちくま新書)を読む。小阪氏の編著は、ほかに『わかりたいあなたのための現代思想・入門』(宝島社文庫)しか読んだことがない。小阪氏は、三島由紀夫と東大全共闘が対決したときに、その場に立ちあった人だ―藤原書店だったと思うが「三十年目」の座談会が企画されて本になり、そこにあの匿名だった闘士たちの本名が明かされていた。それで、その場に小阪氏が居たことを知ったのである―。さて『思想としての全共闘世代』、興味ふかく読んだ箇所もあるのだけれども(例えば全共闘と三派全学連の違いがよく分かる)、正直に言うと、いいかげんウンザリするところもあった。山口文憲団塊ひとりぼっち』(文春新書)のような「醒めた」見方のほうが、私は好きだ。連合赤軍の話(pp.118-128)にも分かり難い部分が多くて、これだから例えば、(毀誉褒貶あるにもせよ)熊切和嘉『鬼畜大宴会』が<山岳ベース>を舞台として製作されざるを得なかったというような状況を生み出すのではなかろうか。『鬼畜〜』は、作品の質をうんぬんする以前に、団塊の世代団塊ジュニア世代の埋めがたい距離感が反映された作品として観てみる必要があると思う(だってそこには思想が毫も描かれてないんだもの)。
夜、「okatakeの日記」で、山村修さんが亡くなったと知り愕然とする。