堀辰雄の文庫

◆本日付の『朝日新聞(夕刊)』に、「小津映画 リズムに秘密」というタイトルの記事が載っている。それによると、東工大佐藤大和氏が、小津安二郎の後期六作品をコンピュータによって分析したところ、場面ごとにその構成要素たるカットの長さを調整し、各作品でカットの平均時間を揃えていることがわかったという。
まず『麦秋』(1951)『東京物語』(1953)は、各800弱のカットから成り、ワンカットの長さは平均でそれぞれ9.7秒と10.4秒、『彼岸花』(1958)『お早よう』(1959)、『秋日和』(1960)、『秋刀魚の味』(1962)はカット数が802〜1103、平均の長さが6.8秒ないし6.9秒だったという。また、全体状況のカットがカットの平均の長さを調整する役割があったのではないか、という佐藤氏の見方はたいへん興味ふかい。なお、その分析に対する佐藤忠男氏のコメントも載っている。
◆通し番号「442」のついた角川文庫(75-1)には、二種類あって、ひとつは堀辰雄『聖家族・美しい村』(角川文庫)、もうひとつは堀辰雄『聖家族・燃ゆる頬』(角川文庫)である。背あるいは表紙を見た時点で前者が古い版と知れるのは、前者のほうが「聖」字の「王」を「壬」に作っているからなのであるが、前者は中身も旧字旧かな、後者は新字新かなである。
また収録作品にも異同がある。前者は「風景」「ルウベンスの僞畫」「窓」「聖家族」「あひびき」「燃ゆる頰」「旅の繪」「美しい村」「鳥料理」の九作品を収録(解説は神西清)、後者は「風景」「ルウベンスの偽画」「不器用な天使」「眠れる人」「死の素描」「水族館」「窓」「聖家族」「恢復期」「あいびき」「燃ゆる頰」(他に「注釈」、小川和佑「堀辰雄―人と作品」、三輪秀彦「作品解説」、堀多恵子堀辰雄抄―若き日の辰雄」、「年譜」等を収む)の十一作品を収めている。あたらしいほうでは、旧版の「旅の繪」「美しい村」「鳥料理」が省かれていて(「美しい村」は改版時、『風立ちぬ・美しい村』〔75-2〕に収録されたようである。他の作品は、角川文庫版未所持のゆえわからない)、「不器用な天使」「眠れる人」「死の素描」「水族館」「恢復期」がくわえられている。そのため書名じたいも変えてある。奥付をみてみると、前者は「昭和二十七年七月十五日 初版發行」(手許にあるのは「昭和四十年六月三十日發行」の「十九版」*1)、後者は「昭和四十三年十二月二十日 改版初版発行」(手許にあるのは「昭和四十六年三月十日発行」の「改版四版」)。それにしても、旧版と改版とでこれだけ作品の出入りがあるとすれば、文庫版短篇集の改版には要注意である(松本清張の角川文庫版短篇集も、改版のさいに作品の増刪があった――むしろ「刪」一辺倒であったような感じもするが、そのあたりはあいまい――と記憶する)。
◆そういえば、池内紀『作家の生きかた』(集英社文庫)を読んでいて、坂口安吾堀辰雄とがおなじ四十八歳で亡くなったということをあらためて思い知らされ、二重に意外な感じをうけたのであった。まず安吾に対しては、「そんなはずがない、四十代で死んだなんて、とても信じられない」(池内前掲,p.66)と感じるし、いっぽうの堀辰雄に対しては、晩年に発表した作品がすくないせいで(病床での生活を余儀なくされたため)、四十手前か四十代前半で亡くなったような気がするので、四十八歳まで生きたことが意外におもえたのである(もちろん「享年四十八」でも、夭折といえるのだが)。
◆ちなみに、山田風太郎『人間臨終図巻1』(徳間文庫)では、堀辰雄坂口安吾はともに「四十九歳で死んだ人々」として紹介されており*2堀多恵子堀辰雄看病日記』、坂口三千代『クラクラ日記』から引用がなされている。

*1:「版」とか「刷」とか、明確な区別のないばあいがあるので、ちょっとややこしい。

*2:山田はかぞえ歳でも満年齢でもなく、西暦歿年次から西暦生年次を引いたものを「死亡年齢」と看做して統一をはかっているので、満年齢よりも一歳おおくなる場合がある。