七十四年ぶりの新版

小説神髄 (岩波文庫)

小説神髄 (岩波文庫)

 坪内逍遥小説神髄』(岩波文庫)が、74年ぶりに改版された。逍遥の『當世書生氣質』(岩波文庫)も4年前に改版されているが、旧版で先に文庫入りしたのは、『小説神髄』のほうであった(『当世書生気質』は1937年刊)。
 改版とはいっても、文字を大きくして読みやすくした改版(重版)ではなく、解説者をかえて(柳田泉から宗像和重に)、収録作品も入れ替えた改版(新版)である。その収録作品の異同を示しておくと、旧版は、

解説(柳田泉
小説神髓
逍遥先生初期文藝論鈔(柳田泉編)
 小説神髓拾遺 時代物語の論
 文章新論
 美とは何ぞや
 美術論
 小説の手段
 未來記に類する小説
 批評の標準

となっていて、新版は、

小説神髄
小説文体
開巻悲憤慨世士伝はしがき
詩歌の改良
小説神髄拾遺
小説を論じて書生形気の主意に及ぶ
 注
 初版との主な異同
 解説(宗像和重

となっている。重複するのは、「小説神髄」以外では「小説神髄拾遺」のみである。
 『小説神髄』は、「明治十八年(一八八五)九月から翌年四月にかけて、九冊の分冊形式で松月堂から刊行され、上下二巻本などを経て、のち『逍遥選集』別冊第三(一九二七年十一月、春陽堂)に収められた」(「解説」宗像和重)といい、旧版も新版も『選集』版を底本とするが、旧版は初版との異同を本文中に逐一示していたので、やや煩雑なものとなっている。今回刊行された新版では、巻末の「初版との主な異同」で、主な表記やルビの相違のみ示してある。ただし、旧版にあった、上下二巻本で附された自跋のようなもの(明治十九年五月記)は、新版では省かれている。
 なお、千葉俊二/坪内祐三編『日本近代文学評論選【明治・大正篇】』(岩波文庫,2003年刊)には「小説神髄(抄)」がおさめてあり(「小説の主眼」の段)、これも『選集』版を底本としている。

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 旧版をそのまま重刷したものでも、タイトルが変えられることもある。たとえば岡本綺堂『正雪の二代目 他五篇』(岩波文庫,1952刊)は、どの時点で変更されたのかは分らないが、第7刷(2008)の表題は『修禅寺物語 正雪の二代目 他四篇』となっている。事情は不明だが、「解説」(戸板康二)に、

 二代目左團次には、「杏花戲曲十種」(初め、松莚戲曲十種といつた)といふ、當り藝のシリーズがある。そのうち「修禪寺物語」「佐々木高綱」「尾上伊太八」「鳥邊山心中」「番町皿屋敷」「新宿夜話」の六篇が、綺堂の作であり、左團次生前には、他の俳優の上演は許されなかつた。
 以上六篇はいづれも傑作であるが、中でも「修禪寺物語」は、岡本綺堂の聲價を決定したものといつていい

とあるから、それを受けてのものでもあろうか(ちなみに「他四篇」というのは、「箕輪の心中」「佐々木高綱」「能因法師」「俳諧師」である)*1
 またこの解説は、「新歌舞伎」のことから説き起こしていて、「團・菊(九代目市川團十郎、五代目尾上菊五郎)を意中の俳優として「桐一葉」を書いた坪内逍遥でさへ、その作品が初めて脚光を浴びたのは(明治―引用者)三十七年である」とも書いている。「桐一葉」が発表直後は「悪評紛紛」たる有様であったということは、黒岩比佐子『古書の森 逍遙』(工作舎)pp.23-24が言及している。
ここによれば、岩波文庫と同年に(岩波文庫版よりも先に)『修禪寺物語 他五篇』(創元文庫)が出ていたらしい。このような状況から考えると、すでに「修禅寺物語」は、「正雪の二代目」よりもよく知られていたのではないかとおもわれる。)

古書の森逍遙?明治・大正・昭和の愛しき雑書たち

古書の森逍遙?明治・大正・昭和の愛しき雑書たち

*1:なお、『正雪の二代目 他五篇』の刊行から二年後に、岡本綺堂『修禪寺物語』(角川文庫)が刊行されており、解説をやはり戸板康二が担当している。こちらには、表題作のほか「鳥邊山心中」「番町皿屋敷」「新宿夜話」が収められている。