初ちょうちょぼっこに山城新伍

■某日。旧友たちと難波で会うことになったので、「古本と男子」が開催されている貸本喫茶ちょうちょぼっこに寄る。ちょうちょぼっこは実は初めて。M堂で新村出『ちぎれ雲』(甲鳥書林*1結城信一『作家のいろいろ』(六興出版)、古本オコリオヤジで小沼丹『清水町先生―井伏鱒二氏のこと』(ちくま文庫)、にとべ文庫で和田誠『ブラウン管の映画館』(ちくま文庫)。また南陀楼綾繁氏の『積んでは崩し』(けものみち文庫)がカウンター前に置いてあったので、迷わず購入。
■某日。N古書店で『芳賀矢一遺著』(冨山房)が函缺・少々書込みありとはいえ105円。安い。二分冊となっているようで、今回入手したのは「日本文獻學・文法論・歴史物語」篇の方。もう一冊は「日本漢文學史・國語と國民性」篇。
また、時枝誠記『國語學史〔改版〕』(岩波書店)は函も具わって800円。時枝誠記といえば、種村季弘が『徘徊老人の夏』で「近くで見る藤原釜足は、言語学時枝誠記教授にどこか似ていた」(ちくま文庫版p.174)と書いており、私は『國語と國文學』昭和四十三年二月号(時枝誠記博士追悼)でしか時枝博士の写真を見たことがないが、確かに目のあたりが藤原釜足に似ているといえば似ている。
帰途新本屋で、小林信彦紳士同盟ふたたび』(扶桑社文庫)。新潮文庫版も持っているのだが、巻末の「深夜の饗宴」(「ミステリマガジン」に連載されたもの)が読みたくて購入。この間、私はブログで〈広瀬正『マイナス・ゼロ』に登場するレイ子は、「日本物では江戸川乱歩、それも初期のころの短篇がいいわ。(略)ここへ来るお客さんたら、みんな乱歩の『黄金仮面』しか読んでないんですもの」と、昭和七年(設定上だが)の時点で既に「初期の短篇」が良い、と言っている。〉と書いたが、「深夜の饗宴」によって、乱歩は「登場してわずか五年」で既に懐かしがられる存在だったことを知った。実例も引いてある(pp.433-34)。レイ子のような人間は、当時たくさん居たのかもしれない。
それから、松本清張の『時間の習俗』や『点と線』に対する小林氏の見解もうかがえて面白い。特に、『点と線』のトリックは当時においても新鮮ではなかった、とする証言(正確な表現は「〔トリックに―引用者〕気づくのが遅すぎる」。pp.511-12)は貴重である(この間Sさんとお話ししたことを思い出した)。戦前も蒼井雄が同様のトリックを用いているという。
おこりんぼさびしんぼ (廣済堂文庫)
山城新伍若山富三郎勝新太郎無頼控 おこりんぼ さびしんぼ』(廣済堂文庫)は、通院のおともの一冊(さきごろ『俺 勝新太郎』と共に文庫版で復刊)。浅草キッド水道橋博士が『本業』で絶讃した伝説の「タレント本」である(引用しようと思ったが見当らない)。確かに面白くて、吹出しそうになった場面も何度かあった。解説は吉田豪*2。帯の惹句「タレント本史上に残る名著」、も大袈裟ではない(とは云えタレント本には殆ど手を出さないのであるが)。要はこの本、単なる「タレント本」の枠をこえて、一種の藝談になっているのだ。それに兄弟間の嫉妬まじりの羨望だとかその一方での労わりだとか、複雑な感情をも見事に描いている。末尾の方での長門裕之津川雅彦兄弟との比較も面白かったし、大部屋俳優の賤称、大映俳優と野球チームの勢力争いなど、業界の裏話も多数盛込まれていて興味ふかい。その点で、ゴシップ紛いの暴露本とは一線を劃す。
私が最初に若山富三郎を意識したのは、磯川警部(『悪魔の手毬唄』)であったか、あるいは加波島懐海(『白蛇抄』)であったか忘れたが、後者の強烈なインパクトといったらない。これこそ若山の独擅場、という印象を懐いていたが、それはどうやら実生活の若山の姿とはずいぶん乖離していたものであったらしいことをこの本で知った。
その後、六十年〜七十年代の東映大映の主にシリーズもの*3、五十年代の新東宝作品(思い浮かぶのは三、四作品位だが)と観て、最近観たのが『小説吉田学校』での三木武吉役だったか。はじめは何と不似合いな役だろう、と思っていた*4が、再見したときに、これはこれでいいな、と思えるようになった。不思議と“古狸”に見えて来るのだ。
ただ、単行本はどうなのか知らないが、文庫本は誤植の多いのが瑕瑾。「川津清三郎」(p.108)じゃ、さすがにマズイだろう。

*1:どこかで見かけた書名だ……とは思いながらも、(深緑のカバーがついていた為に)当初は気づかなかったのだが、これは木下杢太郎の美しい装釘が有名な本だったのだ。黒岩比佐子氏の「古書の森日記」でも紹介されていた。

*2:吉田豪は、『男気万字固め』の冒頭で山城新伍にインタビューしている(幻冬舎文庫版p.68に「おこりんぼ さびしんぼ」の紹介あり)。この本は確か『本業』でも紹介されていて、山城の発言にある、梅宮辰夫の「杉村春子事件」「視聴率事件」に触れていた記憶がある。

*3:眠狂四郎』や『忍びの者』等―山城に言わせると「(若山が)大映でちょっとクサってた頃」(『男気万字固め』p.47)―には、「城健三郎(朗)」という別名義で出演していた。

*4:三木武吉は痩躯、若山ではあまりにも貫禄がありすぎる。