- 作者: 都筑道夫,小森収
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連載中に読んだ記事もたまにあって、ここのコメント欄に、「ヒューリックの遺族が「グーリック」はやめろという申し入れをしたとか何とか、そのような話をお聞きしたことがあった」と書いたのは、都筑氏の文章によって知ったことをおもい出したりした*1。
谷崎潤一郎がなぜ「大(おお)谷崎」と呼ばれたか、ということについては、小谷野敦先生の『谷崎潤一郎伝―堂々たる人生』(中央公論新社)p.12にくわしい。小谷野先生によれば、谷崎潤一郎は、弟の精二と区別して「ダイ谷崎」であった*2のが、「偉大な作家」の義であると勘違いされて、その起原が忘れ去られてしまった、という。
『読ホリデイ』にも、「大谷崎」「大南北」は「オオ谷崎」「オオ南北」である、という指摘が上巻p.271にみえる。「実は沢村藤十郎だったか、教養番組で歌舞伎の解説をしていて、ダイナンボクといったので、あきれかえったばかりなので、書いておきたかったのである。『東海道四谷怪談』の鶴屋南北は、大南北と呼ばれた。文豪谷崎潤一郎も、大谷崎と呼ばれた。ダイ南北、ダイ谷崎ではない。オオ南北、オオ谷崎だ。吉右衛門にしろ、藤十郎にしろ、親に教わらなかったのだろうか」*3。
- 作者: 小谷野敦
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関西弁の「役割語」に関する記述もある。「戦前の翻訳書で、フランスのカミの長篇小説『エッフェル塔の潜水夫』に、アメリカ人のせりふだけ、関西弁がつかってあった」(上巻p.34)。ただしこれは都筑氏の間違いであることがのちに判明し(だから抄録ではあまり意味がないわけだ)、「関西弁の男は、アメリカ人ではなく、パリジァンであることに、愕然とした。(略)流暢なパリ言葉のなかに、アメリカなまりのフランス語が入っている。そうした違和感をだすためなら、関西弁もつかう必然性もあるが」云々(上巻p.56)と書く。
ほかにも、「近ごろの時代小説は、江戸を書いても、会話がおかしい、と書いたら、旧東京語を知る方法がない以上、しょうがないだろう、といわれた。(略)知る方法はあるので、岡本綺堂の『半七捕物帳』を、くりかえし読めばいい。会話にどんな言葉をつかっているか、おぼえこんで、それをつかえばいい」(上巻p.92)とか、「鬢革というのは、帽子の内がわのバンドのことらしい。私の知識では汗革、あるいは汗どめ革で、英語ではスウェットバンドだった。いまは別のいいかたを、するのだろうか。(略)戦争中、東条首相が聖戦の完遂をカンツイ、未曾有の大戦をミゾウユウというのに、だれも注意できなかったらしいのを、私は思い出した。それにしても、鬢は頭の両横のことで、うしろのほうまでは、意味しない」(同p.129)とか、不審紙を貼ったところがたくさん。
現代教養文庫は、やす手なノンフィクションもあるが、黄表紙の注釈とか、江戸川柳の注釈とか、現代では田中小実昌さんの小説の選集とか、ユニークな企画も多い。江戸文芸の注釈本なぞは、もっと出してもらいたいと思う。
明治大正ものでは、横山源之助の文集、田山花袋の関東大震災の記録などがあるが、六月(一九九二年―引用者)には黒岩涙香の『弊風一斑蓄妾の実例』という本がでた。これが、実におもしろい。(上巻p.244)
この後につづく内容紹介が、また「実におもしろい」。そこで都筑氏は、「佐々木孝丸から、かつて聞いた話」を思い出したりする。上で挙げられたもののうちでは、「田山花袋の関東大震災の記録」すなわち『東京震災記』(上巻p.194に言及あり)しか持っていないが、『東京近郊 一日の行楽』が教養文庫入りしていたこと(上巻p.183)は知らなかったし、「黄表紙の注釈とか、江戸川柳の注釈とか」を出していたことも知らなかった。
後者に関しては、上巻p.28に「社会思想社教養文庫の『誹風柳多留』は、十冊ぜんぶ読みおわった」と述べたくだりがあって、そこでは「呉陵軒可有」のルビ問題に触れている。教養文庫については、牧逸馬(谷譲次)の作品に言及した箇所もある(上巻p.131)。こんなふうに、互いにリンクしている部分が多いので、抄録ではなく、全文収録でよかった、といまあらためておもう。
フリースタイルの英断に深謝。