5〜6月は『おとうと』一本をようやく観られたくらいですし、これから7月に入るまでに、多分一本も観られないでしょうから、このあたりで、昨夏以降に観た映画の感想(?)を公開します。
気に入った度合を(つまりまったくの主観によります)、星の数であらわしています(5点満点。★=1点、☆=0.5点)。「*」印は二回以上鑑賞した作品。
(2010年7月〜)
池田敏春『人魚伝説』(1984,ディレクターズ・カンパニー=ATG)★★
新東宝の「海女シリーズ」に、「名美シリーズ」の陰惨が加わった感じ。原作が劇画というだけあって、展開がめちゃくちゃ。前半だけなら名作と認めるにやぶさかでないが、×××(ネタばれ防止のため伏せ字)の死体があがる場面あたりから次第に嫌な予感がしはじめた。反権力映画が突如スプラッター・ムーヴィと化す。あり得ないことが起ってももちろん構わないのだが、あり得るような画の見せ方をしているというか、あまりにも真面目に作ってあるふうなので、こちらがちょっと引いてしまう。それから、クライマックスのドリー撮影で、スタッフの影らしきものが映りこむのも少し残念。とはいえ、晩年の宮口精二や、凄みの出る前の清水健太郎を見られたのはよかった。(昨年末、監督の池田氏は伊勢志摩で自殺した。合掌)
根岸吉太郎『ウホッホ探険隊』(1986,ディレクターズ・カンパニーほか)★★★★
タイトルはよく間違えられるが、原作ともども「探検隊」ではなくて「探険隊」である(たとえば、佐伯一麦『芥川賞を取らなかった名作たち』の一部にも誤記を見つけた)。この映画は、やはり脚本(森田芳光)の勝利。セリフまわしが不自然ではないし(長い沈黙がむしろ心地よい)、望遠や、疲労を伴わない長回し、主観ショットならぬ客体視点なども面白い。子役の巧さにも驚かされる。陣内孝則が速水典子とつるんで斎藤慶子を泣かせる場面で大仰にひびくのがなぜかモーツァルトのシンフォニー第39番2楽章。そのギャップがまたおかしくて、細かな演出にまで好感がもてた。しかし興行的には失敗したという。残念なことだ。
稲垣浩『出世太閤記』(1938,日活京都)★★
撮影宮川一夫。アラカン&稲垣の初コンビ作品。全十二巻のトーキーだが、今回観たのは地方用の無声・縮尺版。中心は美濃攻めの段。秀吉が蜂須賀小六や長尾新助とともに佐久間左衛門尉、柴田権六の弔い合戦に挑んで出世を果たすところ。いかにも中途半端で、もう少しまとまった尺で観てみたいものだ。
千葉泰樹『大番 青春篇』(1957,東宝)★★★★☆
千葉泰樹『続大番 風雲篇』(1957,東宝)★★★★
千葉泰樹『続々大番 怒涛篇』(1958,東宝)★★☆
千葉泰樹『大番 完結篇』(1958,東宝)★★★★
次第に貫禄が出て来る加東大介=ギューちゃんは言うに及ばず、やっぱり、おまきさん(淡島千景)。「怒涛篇」はやや失速しているように感じたが、シリーズ全体としてはよくまとまっていたとおもう。三木のり平も良かったし、原節子は(当然ながら)令嬢役。その夫に平田昭彦、という配役が珍しい。原作が映画版を追いかける恰好になった、とはよく言われるところだけれど、それにしても、加東大介といい、淡島千景といい、ここまでの「嵌まり役」もそうそう無いだろう。
齋藤寅次郎『嫁入聟取花合戦』(1949,新東宝=吉本プロ)★★★☆
金語楼と清川虹子のからみ、川田義雄のラップ、木戸新のダンス、エンタツ・アチャコのかけ合いなど、見どころ多し。「額縁ショー」など(私は「日録 20世紀」で知ったクチだ)、当時の風俗が取り入れられているのも楽しい。
塚本晋也『玉虫』(2005)★★★
『female』の一篇。小林薫・加瀬亮が二人組のやくざと対峙する場面の演出は、恐怖劇場アンバランスの「夜が明けたら」に似ているなとふと思った。ちょっと気の毒な石田えりも、見事に吹っ切れたという印象を与える。
高橋伴明『DOOR』(1988,ディレクターズ・カンパニー)★
*黒沢清『地獄の警備員』(1992,ディレクターズ・カンパニー)★★☆
神代辰巳『濡れた唇』(1972,日活)★★★
ジョン・タートルトーブ『ナショナル・トレジャー リンカーン暗殺者の日記』(2007,米)★★☆
*ルネ・クレール『夜ごとの美女』(1952,仏=伊)★★★★★
何度観てもすばらしい。映画の夢を体現した作品、ということでは、これほどのものはなかなか現れないだろう(と個人的には考える)。ジェラール・フィリップの二枚目半ぶりもこの作品の魅力で、私のオールタイムベスト20の一本。
*ジャック・ドゥミ『シェルブールの雨傘』(1963,仏)★★★★
『ローラ』は昨年はじめて観たので、『シェルブール』にその続篇的な性格があるということは、今回の再鑑賞でようやくわかった。
はじめに鑑賞した際は、全篇ミュージカルにする意味がよくわからなかったが、何度か観ているうちに、それが妙に馴染んでくる。
*神代辰巳『一条さゆり 濡れた欲情』(1972,日活)★★★★
高橋明の猥歌「なかなかなんけなかなんけ」に始まる印象的なオープニング、伊佐山ひろ子のヴァイタリティが絶頂に達するラスト等、緊張感をともなうシークェンスが目白押し。でも演出はあくまでアンニュイ志向。面妖な、あまりに面妖な。神代作品おそるべし。
*ジャック・ドゥミ『ロシュフォールの恋人たち』(1967,仏)★★★★★
ドゥミの作品では今のところはこれが一番好きだ。
富本壮吉『花実のない森』(1965,大映京都)★★★
『盲獣』もそうだったが、船越英二は、偏執的な男の役が似合う。若尾文子の妖艶ぶりは言うに及ばず。
神代辰巳『濡れた欲情 特出し21人』(1974,日活)★★★★★
文句なし。楽屋裏の長回しには有無をいわせぬ迫力がある。『恋人たちは濡れた』と同様に、全速力で走る絵沢萌子、そして片桐夕子。片桐、芹明香、古川義範三人の小旅行は、『宵待草』『恋人たちは濡れた』と違って、女ふたり男ひとりの三すくみ。この関係はすぐに破綻する。女がふたりだと、神代映画ではどうも均衡がとれないようなのだ(というよりも、『あらかじめ失われた恋人たちよ』『幸福の黄色いハンカチ』など、大体の映画で巧くまとまるのは、そもそも「女ひとり男ふたり」の小旅行なのだった)。『濡れた唇』も同様の展開だが、後の『ミスター・ミセス・ミス・ロンリー』はそれを見事に裏切るのだから、神代作品は一筋縄では行かないわけだ。
原田治夫『黒い樹海』(1960,大映)★★☆
「オネエ言葉」の根上淳が面白い。浜村純もいい味を出してます。
鈴木清順『影なき声』(1958,日活)★★★
はじめはサスペンスフルな展開だが、後半になるにつれてだんだん日活アクションの様相を呈してくる。回想場面で画が傾斜する演出はあまり観なれないが、『カルメン純情す』を想起させる。
坪島孝『愛のきずな』(1969,東宝)★★★☆
清張の「たづたづし」が原作。でも展開はまったく異なる。藤田まことを主演に据えたことによって、中年男の悲哀というよりもむしろコミカルな面が強調された観がある。山茶花究、堺左千夫、佐藤允など、脇を固める俳優陣が魅力的で、原知佐子は『黒い画集・あるサラリーマンの証言』の頃と較べると、すっかり奥様然として、これまた熱演である。音楽、演出、いずれもメロドラマの域を出ないものの、洋装も和装も似合う園まり(ゴーゴーを踊る場面の不格好さだってむしろ好もしくおもえる)の圧倒的な存在感もあり、飽きさせない作品に仕上がっている。
*小林恒夫『点と線』(1958,東映)★★★
山形勲の迫力。それに尽きるといっても過言ではない。
*西河克己『霧の旗』(1977,東宝)★☆
原作松本清張。三国連太郎の推理は大事なところなのだから、端折らず、もっと丁寧に描いてほしい。あまりにも飛躍しすぎていて、わけがわからなくなる(と、またしてもおもった)。山口百恵の柳田桐子がなかなか良いだけに惜しまれる作品。証拠の品を××が○○に託す、というラストの脚色は、この作品に始まったのだろうか?(西河監督は昨年死去。合掌)
原田眞人『おニャン子 ザ・ムービー 危機イッパツ!』(1986,東宝)★★★★★
べつに奇をてらっているわけではなくて、これは(私にとっては)素晴らしかった。「アイドル映画」で好きなことをやってみたらこうなりました、というお手本のような作品だと感じた。この映画では、おニャン子は一種の道具立てにすぎない。興行的には失敗したというが(出演者の関根勤もどうやら「黒歴史」と見なしているようだ)、隠れた傑作だと個人的にはおもう。ただし、好き嫌いは極端にわかれるところかも知れない。
どことなく、『台風クラブ』や『幻の湖』など、八十年代の名作・珍作フィルムへのオマージュを感じさせ、八十年代の雑然とした雰囲気や軽薄な印象がそのままフィルムに刻印されている。したがって、いわば偶然的・記録的な側面もある。
とはいっても、職人気質の監督が、計算しつくした上で即興的な演出を行っているようでもあり、天才肌の、たとえば神代辰巳の即興性とは真っ向から対立しているように見える。なお、トリックスター・原田遊人は監督の実子である。
波多野貴文『SP 野望篇』(2010,フジテレビジョンほか)★★★★
突っこみどころは数あれど、予想を覆すおもしろさだった。
ピート・トラヴィス『バンテージ・ポイント』(2008,米)★★★
ゾーイ・サルダナが『アバター』でブレイクする前の作品。超越者視点という発想は面白く、これは映画なればこそだが、ちょっぴり突っこみたい、「出来すぎた」展開もあった。それから、作品全体のスケールというか距離感もわかりにくい。
山川直人『パン屋襲撃』(1982)★★☆
趙方豪はわりと好きな役者で、とりわけ『ガキ帝国』は忘れがたい。この作品はやや観念的に流れて、個人的にはもう少し工夫の余地もあったのにとおもう。しかし、好きな人はとことん好きになる作品なのだろう。
冬島泰三『西遊記』(1952,大映京都)★★★
坂東好太郎の孫悟空、アチャコの猪八戒、杉狂児の沙悟浄など、キャストの妙に唸る。特撮はまだ稚拙だが、筋は定石を踏まえている。金角大王がなんと徳川夢声。
*相米慎二『東京上空いらっしゃいませ』(1990,ディレクターズ・カンパニーほか)★★★★★
誰が何と言おうとやはりいい。相米作品では、『台風クラブ』と双璧をなす作品だとおもう。鶴瓶は、古畑任三郎シリーズでその演技を見て、(仕方のないこととは云え)なんて下手なんだろう、とおもったことがあるが、『東京上空〜』のコオロギなどは嵌まり役だ。そして『おとうと』に至ると、これが奇跡的な名演なのだから、わけがわからない。
*安田公義『眠狂四郎 魔性剣』(1965,大映)★★★★☆
三回め。今観てもスタイリッシュなカットつなぎ、主観/客観ショットのせわしない転換。雷蔵の狂四郎シリーズで最も好きなのは「無頼剣」だが、これは次点かその次くらい。瑳峨美智子(のち三智子)の存在感がアクセントになっている。
*小津安二郎『麦秋』(1951,松竹)★★★★★
四回め。実は初めてスクリーンで観た。ことさらに意識しなくても、登場人物の動きを追うだけで家の間取りを理解させてしまうその手法がすごい。それに淡島千景は可愛いし、文句なし。なおラストのドリーはBSか何かで観たときはもっと速く感じられたのだけど、記憶の捏造か?
*小津安二郎『彼岸花』(1958,松竹大船)★★★☆
三回めだが、これもスクリーンでは初めて。また、里見紝の書き下し作品であるということを意識しながら観たのもこれが初めてである。「赤」をさりげなく配置するのは『秋日和』も同じだが、原作とは異るとは云い條、『彼岸花』のほうは映像よりもむしろ会話重視の作品だともおもう。
*小津安二郎『東京物語』(1953,松竹大船)★★★★
四回めになるだろうか。大坂志郎が「ポンポン、小そうなっていきよる…」と呟く場面、小津にさんざん絞られたというので有名だが、なぜか、座布団を敷いてそこに坐っていたとおもい違いをしていた。
*小津安二郎『秋刀魚の味』(1962,松竹大船)★★★★☆
三回め。菅原通濟はもちろんだが、こうして続けて観てみると、東野英治郎が主演を食うバイプレーヤーであることに否でも気づかされる。
曾根純三『黒白双紙』(1925,マキノ御室)★★★
いわゆるドタバタで、冒頭からワクワクさせられる。チンドン屋の呼びこみ合戦に東映の玉木潤一郎が出ているというが、背の高い、眼鏡をかけた人物がそうなのか? 炭屋・清川清の倅に杉狂児(この作品が杉の出演作としては現存最古のものになるらしい)、洗濯屋・藤井民治の娘に金谷種子、と実際の夫婦を配するのも面白いし、字幕の漫画的表現(?)が楽しい。こんな表現が可能なのも、無声映画なればこそだ。
*リチャード・ドナー『オーメン』(1976,米)★★☆
初見はもう十五、六年前になるだろうか。伝説的な「首チョンパ」。非難をこめて言うわけではないが、悪趣味映画だ。
田坂勝彦『殴り込み孫悟空』(1954,大映)★
これで坂東好太郎の「孫悟空」三部作は全部観たが、一番パンチにかける作品だった。つまらない教訓映画になってしまっている。もっとも、灰田勝彦、益田キートンの配役は面白かったけれど。
窪田将治『失恋殺人』(2010,「失恋殺人」製作委員会)★
うぅむ…。音と役者の反応が合っていなかったり、血糊の処理が杜撰だったり、もうちょっとなんとかならなかったのだろうか。せっかくの画が台無しである。主演の宮地真緒は頑張ったのだろうが、それがこの作品でなければならない必然性はあったのか。乱歩作品はB級に仕上げるのが本道だとしても、だからと云って、こんなふうに手を抜くのはちょっとまずいのではないか。
市川崑『銀座の猛者』(1950,新東宝)★★★
太田和彦氏のエセーに触発されて観た。伊藤雄之助の狂人役が嵌まっていて凄い。「太陽を盗んだ男」の冒頭を髣髴させる。
須川栄三『野獣死すべし』(1959,東宝)★★★★
タイトルバックに入る前の刑事殺しのシークェンスにシビレる。黛敏郎のカッコイイ音楽がそこに被さって、さながら日活アクション風の味わいである。仲代達矢演じる伊達邦彦はニヒルでスマート、松田優作のような狂気は感じられないが、なるほど「人造人間」のような冷たさは伝わって来る。中村伸郎の俗物ぶり、刑事役の東野英治郎&小泉博の配役もなかなか良かったから、続篇もこのキャスティングで撮って欲しかった。
犬童一心『ゼロの焦点』(2009,「ゼロの焦点」製作委員会)★★★☆
おもっていたより良かった。注目すべきは犯人役の演技。劇中曲、「コリオラン」序曲はいいとしても、なぜに「Only You」? 広末涼子のバタくささが板根禎子に合うかどうか不安だったが、悪くはなかったです。
浦山桐郎『暗室』(1983,日活)★★★
木村理恵はどうなのだろう、とおもっていたけれど、ラストの美しさよ。これに救われた。ガスタンクのシンボリズムも、さほどうるさくは感じられない。
野村芳太郎『震える舌』(1980,松竹)★★★
原作で強調されていた団地や核家族の無機質性は極力抑えられ、破傷風の恐ろしさをホラー映画さながらに描いているので、和製「エクソシスト」と評する人もあるくらいだ。しかし私は、(こちらも原作とはかなり異なる)十朱幸代の狂気の執拗な描きかたにも注目すべきだとおもった。時折おもい出したように流れる無伴奏チェロ組曲も、妙にしっくり来るのだから面白い。子役の若命真祐子が巧い。いったいどんな演技指導をしたのだろうか。
波多野貴文『SP 革命篇』(2011,フジテレビジョン)★★★★
意想外に良かった。野望篇がアクションばかりだったから、二本立て続けに観ると、もっとバランスがとれて見えるとおもう。
井上梅次『雌が雄を喰い殺す かまきり』(1967,松竹)★★
展開が途中で読めてしまうのがちょっと残念だし、香山美子の激変ぶりも説得性が感じられない。つまり、加東大介の誘いをなぜあれほど拒んでいたのか、ということに納得のゆく説明が欲しいところ。ただ、露口茂がだんだん狂気を帯びてゆく展開は見ものだろう。
井上梅次『雌が雄を喰い殺す 三匹のかまきり』(1967,松竹)★★★
今度の作品は、××がなかなか手の内を明かさず、○○とグルになっていることは容易に予想がついたけれども、△△の参入が物語の展開を大きく変えるのかとおもいきや、さにあらず、ひとひねり加えているのが面白い。とはいえ、××の術策はあまりに手がこみすぎていて、△△が無事に生きて帰れる可能性をふつうは考慮すべきなのに、そこが抜けていたりするのが突っこみどころである。あるいは、そこはいわゆるプロパビリティの犯罪というやつで、実際には二重三重の罠が張り巡らされていたのであろうか? 永遠の謎である。前作につづいて同郷の升本喜年製作。根上淳はまったく損な役回りで、大いに同情してしまう。
山田洋次『おとうと』(2010,松竹)★★★☆
やはり鶴瓶! 地で行くというか、まさに嵌まり役である。蒼井優は悪くないが、たとえば芦川いづみあたりと比較して、舌をペロッと出す演技がちょっと下手だなあとおもってしまうし、これは脚本のせいだが、言葉づかいもあまりに古風というか、リアリティがほとんどない。とはいえ、「母べえ」のひどさに較べると格段に良いし、これは「家族の物語」「安保世代の物語」などといった公式的な観方さえしなければ、なかなかの佳品だとおもう。ただし、吉永小百合の関西辯はぎごちない。べつに喋らせなくても良かったのに。