「〜からお預かりします」

今日は、所用あって忙しい一日だったのですが、息ぬきに、フジテレビ系列の「ライオンのごきげんよう」をみました。早見優さんが出演していて、コンビニやスーパーの店員が多用する「××円からお預かりします」という表現のおかしさについて話していました。
この「から」は一体何だ、「××円をお預かりします(もっと理想的なのは、釣り銭のないときにも使える“頂きます”)」でいいじゃないか、という「おかしさ」です。これまでにも、しばしばテレビや新聞で取上げられたことがありますから、ご存じのかたも多いでしょう。
そこで、「からお預かりします」という表現(とくにその由来や込められた意味)について考察した文章を、おぼえている限り列挙しておくことにします(強調部は引用者による)。
この拙文をご覧になっている方のなかに、「ほかにもこんな説がある」というのをご存じのかたがいらっしゃいましたら、どうかご指教くださいませ。よろしくお願いいたします。

矢橋昇『どこが間違っている? ことばの一分間雑学』(三笠書房知的生き方文庫,1997)

例えば「一万円からお預かりします」という表現を使っている店も少なくないようですが、なぜ、「から」が付くのか、これも不思議な表現です。
推察するところ、「一万円から、何千何百円頂いて、残り、何千何百円のお返しです」と言って釣り銭を明示する会計の仕方があるようですが、あのときの「から」が、変なところに顔を出してしまっているのではないかと思うのです。
どう考えても、預かる段階での「から」は不要、「一万円、お預かりします」であるべきでしょう。
この二つが一緒になった「ちょうどから頂きます」などは、もはや論外ですが、…(p.186)

金田弘・鈴木丹士郎『知ってなっとく 日本語鑑定団―ことばの疑問Q&A』(小学館Jブックス,1998)

知ってなっとく日本語鑑定団―ことばの疑問Q&A (小学館ジェイブックス)
Q.買い物をしたとき、レジの女性が「千円からお預かりいたします」と言っていました。この「から」とはどういう意味でしょうか?
A.お客から預かった金額、千円を確認するという意味で使っているとすれば、「千円を」とすべきでしょう。「から」には、「校門から出る」のように「を」と重なる使い方もありますが、「を」は、出るという行為の対象(校門)を示すのに用いますが、起点を表す「から」には、そうした使い方はありません。したがって、預かった対象千円を示すのなら、「千円をお預かりします」と使うのが適切だろうと思います。
Q.では、「千円から」の場合にはどういう言い方になるのでしょうか?
A.「から」を用いるなら、「(代金は)千円からいただきます」という言い方になりましょう。おたずねの「〜からお預かりいたします」は、この「〜からいただきます」と、銀行の預金募集広告に用いられる「一万円からお預かりいたします」との混用から生じた表現と思われます。なお、この場合、特定の仲間うちで使われる符丁のようなもので、新人のキャッシャーなどがプロ(意識)気取りで使用していることも考えられます。(p.104-105)

朝日新聞 関西版(夕刊)』(2002.1.28付)

大阪大学大学院の真田信治教授(55)=社会言語学=の話
「〜からお預かりします」には参るなあ。代金をぴったり渡しても、「735円からお預かりします」ですから。この「から」は、今や「を」と同義になっているのでしょう。
NHK放送文化研究所・柴田実用語部長(55)の話
個人商店主が「1万円からお預かりします」なんて死んでも言わないと話していました。お金に対し責任がある。自分の懐に入るものですし。コンビニのレジ係は「お金をとりついでいるだけ」という意識があるから、「を」じゃなくて「から」を安易に使うんじゃないでしょうか。

森山卓郎『表現を味わうための日本語文法』(岩波書店,2002)

表現を味わうための日本語文法 (もっと知りたい!日本語)
最近、買い物をするとき、/千円からお預かりします。/
のような言い方をよく耳にします(大体一九九〇年代前半ころからよく聞くようになった表現のように思います)。本来、「預かる」は「〜を」という格助詞をとりますので、最初は違和感がありました。しかし「千円をお預かりします」という表現と比べると、「から」を使うことで、いかにもそこから引き算をするというニュアンスが出てくるような気がします。意味的には、「〜から引く」といった言い方があるように、「から」は、引き算などの「出発点」を表すものです。
そうすると、「〜円からお預かりします」という表現も、何かの出発点という意識を反映するものと見てよいでしょう。従って、例えば千円ちょうどの会計で、「千円からお預かりします」と言われると、少し違和感があるように思われます(そういう場面で聞いたこともありますが)。
ただ、たとえ預かったお金を出発点にして計算するにしても、「〜円から引き算をします」という言い方は、レジで店の人が使うにはあまりにもぶっきらぼうであり、そのままでは使えません。そこで、表現としては「預かる」が使われるのでしょう。
ではなぜ、出発点ということを意識した表現をするのでしょうか。素朴な印象ですが、「お金を預かって、お釣りを返す」と言えば、文字通りお店の人とお客とが向きあってお金のやりとりをしているような印象です。これに対して、「〜から」のような表現だと、お店の人は、直接お客からお金を取るのではなく、計算によって、対価の数値を出すだけだという印象になります。だとすれば、お金のやりとりがいささか間接的に表現されるような効果もあると言えるのかもしれません。また「から」を使うことで、いくらかのお釣りが出てくるという「予告」をするという効果も出てくるのかもしれません。
以上のように考えると、「千円からお預かりします」という表現は、「そこから引き算」するという「出発点」の意識と、「お金をお預かりする」という表現を使おうという意識とが混ざって成立した表現と言えそうです。(p.31-32)

高島俊男お言葉ですが…(3) 明治タレント教授』(文春文庫,2002)

お言葉ですが…〈3〉明治タレント教授 (文春文庫)
思うにこれ(「千円からお預かりします」という表現―引用者)は、客から千円札を受けとった時に「千円おあずかりします」と言い、おつりを渡す時に「千円からのおつりです」と言うのを、二度口をきくのはめんどくさいからあわせて一本にしてしまったのであろう
したがってこれは、おつりがあるばあいにかぎっての言いかたである。……と思っていたら、どうもそうでもないらしいんだね。ピッタリ五百七十一円出しても、やっぱり「五百七十一円からおあずかりします」と言う。(p.197,1997.12.18)
(※なお高島氏は、「一年半ほど前」に投書でこの表現を知り、「今ではほとんどどこでも、それがあたりまえみたいになった」と書いておられます。)