二十年目の夏に

御巣鷹の謎を追う -日航123便事故20年- <DVD>
米田憲司『御巣鷹の謎を追う―日航123便事故20年』(宝島社)読了。第一章から第三章にかけては、なぜ現場の特定が遅れたか、空自が早い段階で特定していた墜落地点(誤差の範囲内)や、川上村梓山地区の住民による情報がなぜ軽んじられたかという謎や、米空軍アントヌッチ中尉の証言について解説しています。つづく第四・第五章では、事故の具体的な原因の究明について書いています。DVD附き。
結論を急ぎすぎない、わりと良心的な内容の本です。著者自身は、生存者の証言やボイスレコーダーの分析などから、「急減圧はなかった」「圧力隔壁の破壊はなかった」という推論を導き出しているのですが、トンデモ説以外の異論も紹介しています。たとえば、杉江弘氏の見解(p.203-15)や遠藤浩氏の見解(p.228)。両者とも、圧力隔壁の損壊によって、急減圧ではないがある程度の減圧はあったろう、と結論しています*1
さて、「あとがき」によれば、米田氏によるこの本は、藤田日出男氏との共著になる筈だったのだそうです。藤田氏には、『隠された証言―日航123便墜落事故』(新潮社)という著作があり、日航機墜落の原因として、「フラッター説」を唱えています。これはすなわち、「急減圧はなかった」「圧力隔壁の破壊はなかった」とする見方で、主にボイスレコーダーの周波数の変動から、尾部の機体の振動が起こっていたのだと推論しています。

隠された証言―JAL123便墜落事故
フラッターというのは、方向舵が、風の強い日に旗やのぼりなどがパタパタとはためく状態と同じようになる現象で、過去にはこのために墜落した飛行機が少なくない。翼が破壊される原因としては、かなりの件数を占めていたものである。最近では設計段階でのテストなどにより発生は少なくなった。しかし、方向舵を動かすための油圧シリンダーを支えている部分にひびが入る例があって、油圧の支えがなくなり、破損した部分が方向舵の表面に変形を与えると、気流の乱れを生じてフラッターが発生する可能性も考えられる。ジャンボのような大型機になると1秒間に12回も機体の飛行方向を動かすには重すぎ、方向舵のヒンジ(蝶つがい)のほうが破壊されると見られる。(p.233)

壊れた尾翼 (講談社+α文庫)
もちろん、「急減圧はあった」「圧力隔壁の破壊はあった」とする説もあるわけで、加藤寛一郎『壊れた尾翼―日航ジャンボ機墜落の真実』(講談社+α文庫)はその代表格かとおもわれます*2。文庫版補章で加藤氏は、次のように言い切っています。

現在でも、「急減圧はなかった」とする説がときどき現れる。それは、ジェット機のような狭いコクピットで瞬時に起きる急減圧と、巨大旅客機の胴体内で五秒もかけて起こる急減圧の差を理解しないことによる妄説である*3。(p.356)

また河村一男『日航機墜落―123便、捜索の真相』(イースト・プレス)は、警察関係者として、その労苦を伝えるとともに(飯塚訓『墜落遺体―御巣鷹山日航123便講談社+α文庫なども参照されたし)、あらためて墜落現場が「御巣鷹山」ではないことを強調した本ですが、事故原因についても少し述べています。

(藤田日出男氏の『隠された証言』では―引用者)ジャンボ機のように、楕円長径一〇メートル近く、与圧部分長六〇メートル近い巨大な与圧部容積がまったく考慮されていない。与圧部容積と空気漏出部面積との相関関係で、短時間ではあるが、減圧状況に差があることを無視している。(p.260)

「急減圧はなかった」という立場の人からみれば、「急減圧はあった」とする立場の人は、事故調査委員会の報告書を(無批判に)前提としているにすぎないということになり、「急減圧はあった」という立場の人からみれば、「急減圧はなかった」とする立場の人の論は、(事故調に反駁するためだけの)結論ありきのシロモノだ、ということになるわけです。
しかし、立場の違いこそあれ、両者に共通しているのは、このような悲劇を二度と起こさせないためにも、なんとかして事故の原因を究明しようとしているということなのです。
事故から二十年が経とうとしているいまでも、さまざまの「臆測」を生み、また新たな「仮説」を生んでいます。それはやはり、この事故が未だに多くの「謎」を抱えているからなのでしょう。

*1:米田氏は、その程度の減圧で垂直尾翼が破壊されるだろうか―、という疑問を呈しているわけですが。

*2:しかし、『御巣鷹の謎を追う』は、この著作に全く触れません。ただ一節だけ、加藤氏の見解を意識している部分が見受けられるくらいです(もちろん、批判的に述べられているわけですが)。加藤氏は、前後方向の加速度の変化をはじき出し、「急減圧はあった」という事故調査委員会の見解を、結果的には支持しています。

*3:ただし、加藤氏は「彼ら(藤田日出男氏のようなパイロットのこと―引用者)は理屈よりも体で飛行機を理解している。そしてこれは我われの微分方程式を介する理解より正確なことが多い。私は経験から、飛行機の運動に関する彼らの勘が、非常に正確なのを知っている。そもそも私が日乗連の方々の主張に本気で耳を傾ける気になったのも、「急減圧はなかった」という主張には必ずなんらかの理由がある、と信じたからだ」(p.204)とも書いています。